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歴史認識とアメリカ

 「安倍晋三首相はストロング・ナショナリスト(強硬な国家主義者)として知られる」――アメリカの議会調査局が5月にまとめた報告書で安倍政権に懸念を示した。先日訪米した時の安倍・オバマ大統領の会談は日本の民主党政権時代に比べるとずっと腹を割った話し合いができたように見え、久々に日米関係修復のきざしが出てきた矢先だっただけに、日本政府側もショックだったに違いない。

 

 早速、菅義偉官房長官は「国家主義者の記述は誤解に基づくものだし、アメリカ議会の公式見解ではない」と指摘していたが、基本に”歴史認識”の問題があるとすれば軽く受け流さない方が良い。アメリカの議会報告書は、私もワシントン特派員時代によく参考にしたが、アメリカ議会のシンクタンクの分析文書と思えばよい。アメリカ議会が扱う様々な課題について研究報告しているペーパーで、議会関係者だけでなく学者や世界のメディア関係者にもアメリカを代表するひとつの意見としてよく読まれている。

 

 今回の報告書のポイントは、安倍政権の”歴史認識”を巡る言動について述べたもので、日本が国家主義的言動を強めると「アジア地域の関係を壊し、アメリカの利益を損なう恐れがある」と指摘している点だろう。韓国の朴新大統領もオバマ大統領との会談で日本の”歴史認識”問題に言及したとされている。このところ中国、韓国などの”歴史認識”発言が目立つだけに議会調査局もアジアの主要国である日・中・韓の関係に大きな問題をもたらすかもしれないとみてアメリカの国益の観点から論評したのだろう。

 

 歴史認識問題は、日中韓の関係にいつも引っかかる課題である。かつての日本の侵略について、日本はこれまでに村山富市元首相や河野洋平元衆議院議長らが、何度か反省の談話を発表しているし、天皇も言及したことがある。それだけに日本の保守政治家には”もう何度も謝っているし、反省の弁も述べているではないか”という思いがあるようだ。

 

 しかし侵略された国からすると虐殺、従軍慰安婦、強制連行による重労働、街の破壊――などその痛みや恨みは軽く消えるものではない。日米関係とヒロシマナガサキの原爆投下問題から連想すれば、被害者の思いは国家間の賠償などでカタがついたといわれても到底納得しないだろう。そしてその国民感情が噴き出てくると、被害国の政治家達もその声を無視できず「歴史認識を本当に持っているのか」という主張を強く繰り返すことになる。

 

 同じ時代に近隣諸国を侵略したドイツは、戦後各国と何度も、それこそ歴史認識について話し合いをもち、もっとも激しい敵同士だった独・仏が共通の教科書をつくり、EU創設時には盟友関係を築くまでになった。しかしそれでも根底には打ちとけない心情があるという。

 

 日本は「謝ればすむ」といった姿勢をみせている限り和解はムリだろう。数年前TBSのドキュメンタリーでヒロシマの原爆を製造し投下場面を飛行機上から調査していた科学者が広島の原爆資料館を見学し被害者と話し合う映像を放送したことがある。その米国人は惨状に衝撃を受け被害者に「すまなかった」と述べたが、原爆投下については「戦争を早く終わらせるために仕方がなかった」と主張し日本人との話はかみあわなかった。

 

 しかし両者が本音で腹を割って話し合ったことによりある種の納得感があったように見えた。政治の世界は紋切り型の主張で終わらせたがる傾向が強い。相手の思いを知り本音で話し合わないと歴史認識問題はカタがつくまい。アメリカにとって、アジアの主要国である日中韓のいがみあいは国益の危機につながるとみているのだ。【電気新聞 2013年5月22日】

 

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