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時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

異色の二つの会見 

 11月中旬、二つの記者会見が日本記者クラブで行われた。一つは小泉純一郎元首相の退任後初の会見で約400人という空前のメディア関係者が集まった。もう一つは、その直後に作家・作詞家のなかにし礼さんとオペラ歌手の佐藤しのぶさんという異色のコンビによる「反核を歌で世界に問う」と題した会見で、佐藤さんが見事な歌を披露してくれた。

 

 小泉元首相の講演・会見は、このところ”脱原発”を唱えて話題を呼んでいる発言の集大成といえるものだった。この日はある種の覚悟を決めたかのような顔つきで熱弁をふるい「安倍首相は、脱原発ゼロを政治決断すべきだ。野党は脱原発だし、自民党も半々だろう。核のゴミの最終処分場のメドがつくと思うのは楽観的すぎる」などと語り、安倍首相に決断を迫る発言も飛び出した。

 

 ただ「私はこれまで原発建設に賛成していたが、フィンランドオンカロを視察して変わった。豹変といわれるかもしれないが、過ちを改むるには憚るなかれだ」といい、「原発に代わるエネルギー源は知恵のある人に考えてもらえば良い」「核のゴミの最終処分場にメドをつけるという考えはあまりにも楽観的すぎる」と述べた。前段の熱弁に比べると今後の展望、解決策については言い放しの印象が強かった。特に最終処理場の選定は難しいが、核のゴミを他国が引き受ける可能性は低く、日本が自らゴミ処理をせざるを得ないはずだ。安倍内閣が今から決断しなければならないことは、この最終処理の解決策を今から本気で取りかかることだろう。小泉元首相がそれを促すことに本心があったとすれば意義はあったと思う。

 

 反核の歌は、佐藤しのぶさんの思いから出て作詞をなかにし礼さんに必死に頼み込んだという話には驚いた。佐藤さんといえば美しいプリマドンナで、反核の思想を表明した記憶もなかったからだ。しかしベラルーシの子供療養所の施設を訪れた後から「世界中の人が歌える反核の歌を作れれば、やっと歌手として生まれた人間の責任が果たせると思った」という。マドンナと言われ、チヤホヤされるだけの歌手人生には何か物足りなさを感じていたのだろう。

 

 相談を受けたなかにしさんは、敗戦直後、満州に放置されて凄まじい苦労を味わい軍部の無責任さにはいつも心の底でふつふつと怒りを燃やし続けていた人だ。このため小説「赤い月」などを書いた頃から戦争に対しはっきり反対の姿勢をみせていた。しかしそれをスローガンにして表だった行動をしてきたわけではなかった。それが佐藤さんの要請を受けて「そろそろ無難な世渡りをやめにして、言うべきことをちゃんと言わないとそのうち人生終わってしまうぞ」という危機感も持っていたので背中を押されたという。

 

 佐藤さんには「反核の歌を歌うということはスポンサーやいろいろな制限も加わって、結局歌えないという状況にもなりかねませんがそれでもいいんですか」と質したが佐藤さんの決心は固く、自分もその決心を聞いて火をつけられたと語っていた。曲は世界から募集し30曲になった所で締め切って選考会を行ない、日本の作曲家鈴木キサブロー氏の楽曲が他を圧倒して選ばれたという。

 

 タイトルは「リメンバー」。歌詞にヒロシマナガサキの地名を入れた大らかで誰もが歌いやすい曲だった。さらに驚いたのは佐藤さんが手話をならい、歌いながら体全身を使った大きな身ぶり手ぶりで振り付けもしていることだ。この手話の振り付けが圧倒的な美しさで歌を一段と盛上げ、居並ぶ記者たちも見惚れていた。

 原子力規制委員会原発の稼働年数を原則40年と定めた。核、平和運動、原発など世論を二分してきた課題にも新しい波が寄せているようだ。【電気新聞 20131122日】