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ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

ナノテクノロジーの未来と成長 応用無限の21世紀技術の柱

 ナノテクノロジー――これからの産業の主役のひとつだし、日本が得意とする技術でもある。しかしナノテクとは何か、何に使われているのか、などの実情は一般にはまだよく知られていない。


 言葉だけが先行しているようにみえるナノテクの世界をみてみたい。



――世界の中堅企業エリオニクス――

 先日、私が司会をつとめるBS-TBSのグローバルナビ・フロント(毎週土曜午前10時~11時)のゲストに、ナノテクノの研究に欠かせない装置を開発するエリオニクス会長の本目精吾氏を招いて話を聞いた。


 エリオニクスの由来はELECTRON(電子)とION(イオン)、X線の合成語で、人間が扱える極小粒子である原子や分子を操り新物質を組み立てたり、分析、活用する技術をもっている世界でも注目されている企業だ。


 本目会長は電子光学機メーカー、日本電子で電子顕微鏡などの作成に携わっていたが、35歳の1975年、エリオニクスの創業7人の仲間とともに立ち上がったという。当初は7人、技術、営業、マネジメントなどの専門家が賃貸の部屋一室からスタートした。


 

――ナノは10億分の1の単位――

 ナノとは長さの単位で10億分の1を意味する。1ミリメートルの1,000分の1がマイクロメートルで、その1,000分の1ナノメートルとなる。地球の直径を1メートルとすると1ナノは1円玉の直径に相当する。むろん肉眼ではみることのできない世界だ。


 普通の物質を原子レベルにまで小さくして装置(デバイス)として利用する発想は1959年のアメリカの物理学会の講演で述べられているという。同じ機能を小さな装置、デバイスとして活用できれば場所はとらないし、詰め込む容量は増え、省エネ効果も期待できる。


 現在の音楽はCDなどで聞くのが当たり前となっているが、昔は直径20センチ位ある78回転式のレコードが家庭などで聞かれていた。雑音が多く、長い交響曲は一枚のレコードに収まりきらず34枚に分けて売ったりしていたものだ。そのうち45回転式と2倍近い録音可能なレコードが登場、その後はテープ式、そしてDVD、いまやパソコンなどから取り出しiPodなどまで多種多様となったが、ここにはナノテクの進化が影響しているのだ。



――IT、バイオ、材料などの分野で応用――

 ナノテクはいまやIT、バイオ、材料などの分野で技術革新をもたらし、私達の生活分野では携帯電話、パソコン、デジタルカメラ、自転車、医療、さらには化粧品にまで使われている。


 化粧品とは普通、顔にクリーム、化粧用品を塗るというイメージが強いが、今や化粧水などを顔につけると顔の中に染み込み、身体の中からシミや汚れの分子を落とす効果があるらしい。富士フイルムなどがフィルム生産の技術からナノテクに進み、いまや化粧品メーカーとなっているのもナノテクの活用があったためといわれている。


 


――ナノテクの加工、計測、検査など――

 エリオニクスはもともと、半導体装置をつくっていた。産業のコメといわれた半導体の用途は多く、当初は売上も急増していったが、バブル崩壊とともに過当競争と価格下落で売上が半減へ。1992年に社長に就任した本目氏は開発の中心を半導体からナノテクノロジーに切り換える。


 ちなみにこのナノテクという言葉を世界に広めたのはクリントン大統領が2001年に国家の戦略目標と定めたことが影響した。このため、日本もその後多く予算配分をし、科学技術分野の中心的な柱になったのだ。


 エリオニクスの中心的業務内容は、世界一細い線を描く電子ビーム描画装置とナノを測る計測装置による検査だ。いわばナノテクの加工、計測、検査、保守、アフターサービスまでを手がけ、日本でのシェアは80%、世界でも50%をもつオンリーワンに近い世界的中堅企業なのだ。


 顧客の多くは大学、研究機関、先端企業などで描画装置の加工はほとんどオーダーメイド。流れ作業で大量加工する製品はない。12人の技術者が注文先と議論を重ねて構想を練り、大体12人で7カ月位をかけて1台をつくる。価格は13億円ぐらいという。


 


――サイコロの大きさに国会図書館の蔵書すべて――

 番組でも描画装置で「グローバルナビ」と書いてもらったが、髪の毛の20分の10.00083ミリメートルの大きさの文字で、むろん肉眼では見えない。普通のサイコロの大きさに国会図書館の蔵書が全部入るといい、モナリザの画像も4ナノの大きさで描かれていたが、それはパソコンで設計した約1億個の“点”を打ち込んで制作したものだった。


 ナノの世界はそれまで机上の空論で推測していたものを現実的に手にすることができるようになったわけで、遺伝子レベルのものも再現できるらしい。いわば小型化、軽量化、大容量化を可能にできるので一挙に応用範囲が広がり、国家戦略目標にまで格上げされてきたのである。


 エリオニクスが取り上げているもうひとつのナノテクが表面科学である。東大などと共同研究しており、目にみえない表面の構造をナノテクで分析・研究し、そこから新たな発見、開発につなげるのだ。


 一見きれいな表面をしたCDでも表面科学により1ナノミリメートル単位で分析すると極細の溝にも小さな凹凸があることがわかったり、鮮やかな青色をしたモルフォ蝶の羽は、羽が青色の色素を出しているのではなく光の反射によってみえる構造色であることもわかった。


 新しい高性能の表面を科学分析し、つくる(摩擦の最小化、水をはじく力、吸着する力)ことで自動車などの性能向上にも役立てられるのである。


 


――大を求めず技術で生きる――

 エリオニクスの社是は「科学技術の進歩に貢献する」。従業員約100人、売上高約26億円の中小企業ながら世界の最先端を走る世界の“中堅企業”といって良いだろう。各社と連携して本社のある八王子地区を日本のシリコンバレーにしたいと夢を語っている。


 実はソニーもホンダもトヨタ、松下(パナソニック)、シャープなども、“誰にもマネできない”“社会に役立つ”“世界の最先端のものを作る”などを社是として戦後に成長した企業群だ。みんな8畳ひと間、数人からスタートした歴史をもつ。


 今や超大企業になり、新卒者はそのネームバリューと安全性を夢みて入社したがるが、大企業になればなるほど小回りがきかなくなり、行き詰まると数万人単位のリストラもいまや当たり前となっている。名前は知られていないが世界的な中小、中堅企業は日本にはたくさんある。それが日本の底力であり、そんな企業から実は日本のイノベーションが起こっているのだ。


 若い人には、ぜひそんな企業を探し生きがいのもてる仕事をしてもらいたいものである。
TSR情報 2014325日】


 

 

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