時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

福島第一原発の現場

 先月、廃炉を進めている福島第一原発の現場を訪れた。後方基地となっている日本サッカー協会のJヴィレッジから北へ約20㌔。小型バスで楢葉町、富岡町、大熊町を通り双葉町との境界に第一原発の入口がある。途中の様子は農家が点在普通の農村地帯に見えるが、人がおらず農地が荒れ放題になっているので避難地域だったのだとわかる。田畑や店に人の気配が全くないのがかえって無気味さと不条理さを感じさせる。

 

 第一原発の敷地に入ると様相は一変する。普通の原発敷地内は緑の芝生に覆われ、樹木や花、噴水などを配置しているが、福島は至る所に資材や機械、配管で工事現場そのもの。敷地境界の被曝線量は0.03シーベルトと自然放射線量の70分の1まで低下しているとされるが、ガレキや伐採木、地下などの汚染水の線量は高いため、防護服、帽子、マスクを着用し線量計を身に着け原則として敷地内は小型バスで14号機を観察した。

 

 むろん建屋内は入れないので、原子炉の様子は故吉田昌郎所長が指揮を執っていた免震棟内の監視スクリーンで見ることになる。爆発した原子炉建屋などは、いまや遮蔽カバーが施されているので外からは爆発後の無残な姿を目にすることはなかった。作業員はそれぞれの現場に散っているが、総勢で45千人と聞いて改めて驚く。1つでもミスがあると大事に至りかねないので、人々は黙々と働き、工事現場らしい活気や騒音、大声は聞こえず、静かな緊張感が漂っている感じだ。

  14号機の廃炉作業は現在四号機を中心に行なわれ四号機の使用済み燃料棒の取出し完了は今年末。汚染水処理は15年春までに終えたいという。ただ14号機すべての廃炉と原子炉解体などの全作業終了までには3050年はかかる。特に溶融した核燃料廃棄物の取出しは人が直接行なうことはできないので、爆発した建屋内に入って作業のできる遠隔ロボットの完成を待ってから行なう。

 

 「廃炉」という言葉は、原発事故が起きた直後から急速に広まってきたせいか、後向きでマイナスイメージを与えがちだ。しかし、稼働している原発は、450年経つと必ず廃炉措置を行なわなければならない。原発を持つ国は自国の責任で期限のきた原発廃炉措置を実施し、その最終処分まで行なうことが国際的な約束となっている。日本は原発事故で、突如廃炉措置、しかも爆発した原子炉内の様子がつかめない中で溶融した燃料を取り出すという最も困難な作業に直面したのだ。その上、防護服、マスク、線量計などをつけて働く作業現場の環境は極めて過酷で、宿舎には風呂もない(シャワーだけ)という。

 

 事故を起こした影響と日本中に与えた恐怖や不安は大きく、まだその危機を脱したわけではないだけに現場に向けられている視線も冷たい。ただそうした環境下で黙々と働いている作業員をみると、正直頭が下がる思いがするし、何をモチベーションとしてこの現場で頑張っているのだろうか、と考え込んでしまう。

 

 いま廃炉作業を行ない最終処分地まで決めているのは世界でフィンランドだけである。それを思うと、日本が事故後の廃炉措置をやり遂げれば、世界で200基以上ある原発の今後の廃炉事業の最先頭に立つことになるともいえる。

 

 かつての劣悪な公害を克服して日本はいま世界の省エネ、環境技術先進国の地位を築いた。多分、いま廃炉作業の現場にいる人は、とても先のことまでは考えられず、毎日の安全に神経をすり減らしていることだろう。しかしこの廃炉作業には世界の目が集まっている。公害を乗越えてきた日本の歴史を思い返し”廃炉先進国”になるという前向きの心意気と誇りをもって良いのではなかろうか。
【電気新聞 2014年4月18日】