時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

ベンチャーと町工場を結ぶ科学者集団企業 ―博士と修士ばかりが集まるリバネス―

――小保方さんが提起した隠れた問題――

 小保方晴子さんのSTAP細胞問題で、はからずも明るみに出たことは、生物学な科学のことだけでなく“ポスドク”の深刻さだろう。ポスドクとは、ポスト・ドクターつまり博士号をとった後の生き方のことだ。博士号(ドクター・Dr)を取得することは並大抵ではないし、よほど学問好きでないとなかなかドクター課程まで進み、博士号をとるという人はあまりいない。

 博士号を取得するには大学を卒業した後、まず修士2年)課程に入り、さらに修士を終えた後に博士課程(普通3年)に進むことになる。理系の学生は修士を出てから就職するケースは珍しくなく、企業側も修士出身者ぐらいの知見を持って入社してほしいというところが増えてきている。

しかし博士課程まで進み、博士号を取得するとなれば、卒業する時には2728歳ぐらいなってしまう。それから就職するとしたら、年齢制限や企業側が活用しにくいということになり、就職口はきわめて狭くなってしまう。博士課程後の就職先は、大学に残って教授への道をめざすか、企業の研究部門で研究者になるか、というのがわずかに残された道なのである。

 

――深刻なポスドクの将来――

 しかし、博士課程を出たからといって、そのまま教授への道や研究者のポストが待っているわけではない。大学では一つの講座に一人の教授ポストしかないため、それ以前に助教授、助手などのポストに入り込めないと就職口を見失うのだ。

 大きな大学、有名大学などの場合は、うまくゆけば系列の大学に推薦してもらい、そこで業績を上げると元の出身大学に引っ張り戻してもらうことはできるが、それは極めて稀なケースだ。後は企業や独立行政法人などの研究職にポストを探すこととなるが、その数は限られているので、「博士課程は出たけれど……」という、いわゆる“ポスドク”問題に突き当たるわけだ。ポスドクは全国で1万人以上とされる。

 STAP細胞の存在をめぐって大きな疑惑を投げかけられ、窮地に追い込まれた小保方さんは、早稲田大学の博士課程を出た後、ハーバード大学理化学研究所などいくつかの研究所を渡り歩いたことを自ら明らかにしている。

それこそ非正規社員のような身分で実験、研究に明け暮れながら業績を上げることに懸命なポストドクター生活を送ってきたのだと想像がつく。だからSTAP細胞の存在が学界や世間で認められれば、小保方さんは一躍時の人になり、理研やさまざまな大学から正規の研究者、准教授、教授として迎えられただろう。

 私は、今回の小保方さんへの批判は論文の書き方や作法、データの取り方、保存の仕方など形式面が多く、理研の調査もこれまでのところSTAP細胞の存在そのものの有無や疑惑に切り込んでいるように見えず、一種の“魔女狩り”的な側面を感じてしまう。

 

――小保方さんもポスドクに悩む科学者――

 小保方さんを指導していた教授たちも、STAP細胞の存在を正面から否定している人は少なく、むしろ存在を認めつつあるものの論文の書き方やデータの取り方、表現の仕方などが未熟だったし、未熟のまま発表して「世間を騒がせ申し訳ない」と言っているように聞こえる。

 その点、最初の指導者だったハーバード大のバカンティ教授は一貫してSTAP細胞の存在を擁護し、小保方さんに「ハーバードの研究室へ戻ってこい」と呼びかけているのだ。理研は、はじめ小保方さんの成果を大々的に発表しておきながら、世間や学界の批判が高まると小保方さんの未熟をあげつらい責任をかぶせてしまったようにみえる。理研としては、証明に不十分な点があるとすれば、再現の工程、コツを示したノートもあるというのだから、もう一度全力をあげて再現実験を行い世紀の発見にたどりつくよう努力するのが筋ではないかと思う。

 

――優秀な人的資産を放置しているポスドク問題――

 ポスドク問題では、小保方さんだけではなく、博士号取得後の生き方、生活に困っている人を何人も私は見てきた。みんな博士号をとるほど優秀で、粘り強い研究熱心な人たちが多かった。ただ世間をうまく渡っていく術に少し欠け、知らない間に30代半ばを越して生活の安定や結婚を逃したという人が多い。聞いているとある種、研究オタクのうちに機会を逃してしまったような気がする。

私もポスドクの人の就職を何度かあっせんした経験もあるが、企業側はその人物をよく見たり会ったりすることもせず、「こんな優秀な人を当社でどう活用していいか。それと年齢が高いので……」などという。即戦力になる営業マンなどなら採用するが、“ドクター級の人は私らには手に負えない”と告白しているのだ。

 実は、そんなポスドク人種が日本にはゴマンといるのだ。少子高齢化、大学の倒産・合併、閉鎖、企業の研究部門の縮小などでポスドクの行き場がますますなくなってきているのだ。日本にとっては、きわめて優秀な頭脳、研究心をもった人材にもかかわらず、国や企業はいわば目先のことを考えるばかりで、そうした人的資産を放置しっぱなしなのである。もったいない限りだ。

 

――ポスドクに目をつけた科学者企業・リバネス――

 ところが、そんなポスドクを集めた企業が登場し注目を集めている。2002年に理工系大学院生15人で設立した企業「リバネス」だ。「Leave a nest」=巣立つを意味したネーミングの会社で代表は丸幸弘氏(36)。東京大学大学院農学生命科学研究科の博士課程を修了後、ポスドクの仲間たちと企業を立ち上げることを企画したのだ。

 月~金の朝から夜中まで働き、クタクタの身体を休めるため、土曜日は一日中寝て日曜になると月曜からの勤務を考えると憂うつな思いにとらわれる。そんなサラリーマンの生活を見て育ったせいか、大企業の会社員にだけはなるまいと思っていたという。学生時代はロックバンドに夢中となり仲間もいたが、就職シーズンが近づくとバンドをやめスーツに着替え、その後会社に入ってゆく姿をみて丸氏は大学院に進み研究者の道を進もうと考える。

 しかしドクターを終えてみても研究職の道が見つからないポスドクの仲間の多いことに気づき、リバネスを設立したのだ。

 

――出前科学講座や企業への知的支援――

 リバネスは、いわば科学者集団で「科学技術の発展と地球貢献を実現」することを企業理念としている。さまざまな事業を行っているが、大きな柱のひとつが「出前科学教室」である。小、中、高校などへ行って、学校で教える理科授業とは異なった最先端の科学、生物、バイオなどを実験によってその面白さを知ってもらう講座だ。

 リバネスには大学院生や企業の研究員、大学教授、科学者など社外6万人のエキスパートのネットワークをもつので、全国どこにでも一講座に数人の専門家がサポートする。2030人の教室で数人ずつのチームに分け実験を行う時は、各チームに科学者がサポートとしてつき、手ほどきをしながら質問に応えてゆく。

 映像でみると子供たちの目の輝きが違うのがわかる。最近は理科の実験といっても、ビデオでみせる方が多いというから、リアリティーもないし興奮もない。自らが解剖をしたり、化学実験で自分が加える薬品で色が変化する。実際に体験すれば面白いに決まっている。出前教室は年間で300回以上開催、参加した子供は累計で8万人を超えるという。実験教室の材料や機材の販売なども同時に行う。

 

――科学で起業、新事業を支援――

 リバネスの事業の別の柱は「科学で起業」「科学で新事業」を行う時の支援・サポートだ。支援項目には教育、人材育成、メディア開発、調査、コンサルティングなどさまざま。目指すは「知識製造業」だという。自らの工場はもたないが、リバネスが有する人材の知識で企業などを支援していこうというサポートビジネスだ。

 これまで、遺伝子検査サービスの「ジーンクエスト」、ミドリムシをビジネスにした「ユーグレナ」、ブルーライトカット眼鏡の「JINS」、植物工場を店内に作り、その店で消費するサンドイッチなどを売る「サブウェイ」などを手伝った。また沖縄に養豚場をもちリサイクル品で飼料を製造、そこに沖縄産のシークワーサー、アセロラを添加して肉質、味、不飽和脂肪酸の多い沖縄産味の「福幸(ふくゆき)豚」をつくり、石垣島では「南ぬ(はいぬ)豚」を生産、今後は全国で各地の銘柄豚をつくる計画という。さすが、農学博士たちの集う企業だ。豚を生産(一次)するだけでなく加工(二次)、流通・販売(三次)まで行う六次産業化を実現、数店舗のレストランも経営する。

 

――ユーグレナ、JINS、サブウェイもサポート――

 一方で、ITベンチャーでなく製造業ベンチャーリバネスの知識・ノウハウで支援する姿勢を明示している。そんなシンボルがリバネスが主催するTech Planグランプリ大会。

技術と設備をもつ匠の職人たちの町工場とアイデアベンチャー精神あふれる起業家たちの架け橋になるための大会で、両者が協力して開発した製品の優勝者に500万円の投資事業資金の権利を与える。出品作品は34作品が集まり、その中の10作品から最優秀作品を選んだ。次世代の風力発電機・マグナス風力発電やマウスのような簡単な操作で、安全に小回りのきく電動車イスWHILL(ウイル)などが話題を呼んだ。

 日本はいま、成長戦略として過去にないような技術革新、イノベーションが求められている。そんなイノベーション企業をサポートしたり、起業家を支援するリバネスの存在は異色だ。ポストドクターの優秀な人材を放置せず、活用することに目をつけたのは、やはりポスドクの悲哀を知っているからだろうか。科学者集団リバネスの社員は現在40人以上となり、売上高は6億円を超した。

 最近、30代に入ると、大手企業に就職した若者たちの中に「このまま大組織にいても自分の人生はつまらない」と退社して起業したり、自分の力がふるえる中小企業、ベンチャーに転職するケースが目立つ。

 丸氏は「僕らは食べることや出世が目標じゃない、面白いことやってるなと言われる方が嬉しい。科学というと難しそうに思われるが、その科学と一般の人や中小企業と結びつけることが楽しい」という。そして今後は町企業とベンチャーの連携に大企業も加わって支援していくことが日本の活性化には欠かせないと指摘する。かつてのソニーやホンダのような企業がたくさん出るようになれば、日本の成長戦略にも展望が出てこよう。
TSR情報 2014430日】