時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

50年にわたり4800社を育成してきた会社 担保いらず、出資し上場も義務づけない

 「中小企業投資育成株式会社(望月晴文社長)」という名前を聞いたことがおありだろうか。長ったらしい名前で何のひねりもなく、いかにもお役所関係と見える会社だ。実はその通りで通産省(現経済産業省)の肝入りで、1963(昭和38)年に設立された公的な出資会社だったのだ。東京と大阪、名古屋にそれぞれ本社をもち、東京中小企業投資育成会社のケースだと資本金66億7300万円、株主は地方公共団体(18都道府県)、商工会議所、銀行、信託銀、信金、生損保など122社、営業エリアは北海道から東北、関東甲信越など18都道府県の資本金3億円以下の中小企業を対象に出資(投資)している会社なのである。

 銀行とは違い融資はせず、あくまでも出資することで優良中小企業の育成を目的としている。またベンチャー・キャピタルやファンドとも異なり企業側の相談にのったり、幹部や従業員の育成研修や企業間のネットワークづくりなどの手伝いはするものの、企業経営に口出しすることはなく、出資の出口として上場を求めることもない。あくまでも優良中小企業を育成するため、対外信用力の向上や経営の安定、財務基盤の強化、株主構成の是正、事業資金調達の多様化、事業承継や後継者の育成などをめざす企業のステップアップを支援することだけを目的としているというのだ。優良中小企業が育つことこそ日本経済の基盤強化、雇用増大につながり、日本の役に立つという使命から設立されたという。設立時の1963年といえば、日本が高度成長期に突入し世界的大企業が次々と出現、中小企業問題などあまり気にかけないムードがあふれる時代だったように思う。そんな約50年前に、将来を見据えて中小企業育成会社を官の手で作られていたことは驚きだ。

 

――旧通産省が1960年代に設立――

 むろん当初はこの東京中小企業投資育成会社の存在を知り、活用した会社は微々たる数で投資先が500社を突破したのは20年後の1983年、投資額が500億円を超えたのはさらに後の1996年だ。それがその後ウナギ上りに増え、現在は累計で4800社の中小企業に投資、現時点で2336社の株を保有、育成の支援期間は平均20.8年に及び自ら求めて上場した企業は202社に達し、上場後も株主として支援しているという。

 出資する資金は、どう調達しているかと言えば、当初は政府の財政投融資を利用していたが、事業が軌道に乗り出した70年代に入ると中小企業金融公庫(現日本政策金融公庫)から借入。しかしそれも1981年の62億円をピークに徐々に減少、1994年以降は残高ゼロ、つまり無借金経営になった。中小企業には無担保・無利子で出資しているが、株式の配当などが増えて資金に余裕が出てきたのだ。当初の資本金は25億円だったが、何度かの増資を経て1982年から現在の66億7000万円になっている。

 

――経営に口出さず、要望に応じ様々な支援――

 中小企業投資育成会社の支援内容はひと口でいうと「中小企業の悩み」を解決し支援すること。その第一は株式に関する悩みで、(1)経営者の持ち株比率が低い(2)株式が増えすぎて株式が分散(3)退職者、外部株主から買い取った自己株式を処理しかねている―――などが多いらしい。その場合は与党株主になって経営の安定化をはかったり、株主構成の是正に協力し経営権の安定化をはかる。

 もうひとつは中小企業の後継者育成だ。実は中小企業倒産件数はリーマンショック後、5年連続で減少、2013年は22年ぶりに11000件を下回った。ところが休業、廃業は急増し倒産の倍以上の水準で推移しているのだ。つまり後継者がいないため、休廃業に追い込まれるケースが急増しているわけである。2013年9月の全国の高齢者は日本人の4人に1人、過去最高の3186万人に達し、中小企業の社長など自営業主をみると、1992年が34万人だったが、2012年には倍以上の75万人になっている。創業者のようなカリスマ性、エネルギー、創造力に欠けるケースが多く身内が継ぐことを嫌うし、従業員も避けるケースが多いようだ。後継者を育てるには10~20年の期間が必要だといい、その間に経営者のための基本講座をもうけ組織づくり、財務管理、経営戦略などを学んでもらったり、異業種交流会、若手会などのほか地域内・地域外との取引拡大や一次産業から二次、三次産業へと進化させる手法などの講座も開いている。

 

――海外進出も手助け――

 さらに最近の大きな課題は海外進出である。これまでは大企業に誘われて海外へついていく中小企業が大半だった。しかし、今や人口減少で長期的に国内マーケットが縮小、長期展望も見出しにくいので、海外進出先をさがす企業が増えているのだ。中小企業全体の海外進出は13.4%だが、投資育成の投資先企業の海外進出は38.4%にのぼっている。しかし中小企業の海外進出は、制度や習慣の違いなどもあって撤退するケースも少なくない。

 このため、現地情報の提供や現地視察ツアー、弁護士との相談会、M&Aの相談会などを行なっている。そのうえで中小企業の海外進出には(1)優れた技術でニッチ分野に挑戦(2)競合先にも製品を供給する対応を行う(3)現地企業向けの需要を掘り起こす―――などをアドバイスしている。いまや中小企業もまた「アジアはホーム、アウェイではない」という覚悟をもつ必要もあると指摘している。

 それにしても、担保なしで出資し、安定配当で会社を維持し、上場や株式の保有期限などにも条件をつけずに50年以上にわたり中小企業育成をしてきた企業があったとは驚きだ。成長発展の可能性があり配当意欲のある中小企業はどこでも出資をうけられる。もっとその存在を知られてもよいと思う。
TSR情報 2014年6月27日】

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