時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

なぜ真夏の五輪か?

 ことしの10月10日は、1964年の東京オリンピックから50年目を迎えた。私は当時、学生だった。アジアで初、日本が敗戦から立ち直り成長する姿を世界に披露する舞台でもあった。それだけに開会日は雨や雲りではなく空はあくまでも青く澄み渡った”秋晴れ”でなければならなかった。

 一年のうちで最も気持ちの良い好天が続くのはいつか。日本の委員会は、まず過去の気象情報や気温、湿度、風、あらゆるスポーツ種目との関係などについて調査したという。そして出た結論が開会式を10月10日にすることだった。

 参加選手、役員らは93ヵ国から約5500人。午後1時50分、前日が雨で懸念された天気は当日になって、真っ青に晴れ渡り團伊玖磨氏作曲のオリンピック序曲で開幕し、24日まで見事な大会が続いた。一学生ながら日本が世界に存在感を示したことに誇りを感じたものだ。日本は4年後の68年にGNPで世界第二位となった。まさに東京五輪は高度成長期へのジャンプ台となったのである。

 オリンピックは、いまや単なるスポーツ、平和、友好の祭典ではあり得ない。時代の潮流、思想、社会情勢などを反映したものになるのは当然なのだ。東京、ソウル、北京などのオリンピックは新興国が飛躍するきっかけとなったが、冷戦中のモスクワ、ロサンゼルスは東西両陣営が互いにボイコットを企て、政治に振り回された選手たちが涙を呑んだ。1972年のミュンヘンではイスラエルパレスチナ問題でテロ事件が起こり人々が亡くなった。1940年のオリンピックは第二次大戦を前にして東京開催を返上している。

 はたして2020年の東京オリンピックは、どんな時代状況下のなかで日本はどんなメッセージを送ろうとするのか。世界はいま大動乱のさ中にあり各地で衝突と戦争、片寄った民族主義が強まりつつある。オリンピックそのものも商業主義が目立ち、プロ選手が参加する時代だ。主催する日本は成熟国となり和の文化によって世界を魅了しつつあるが、他方で少子高齢化財政赤字貧困層の増大、大震災と原発事故などに悩む課題先進国でもある。再びオモテナシを売り物にするのでは能があるまい。

 私が不思議に思うのは、オリンピック期間がすでに7月24日から2週間余と決まっているらしい点だ。日本の夏はここ10年、連日30度を超し湿度も60~70%台で、早い台風もやってくる季節となった。この現象は日本だけでなく世界的異常気象のせいであり、アテネ五輪でも熱中症や嘔吐する選手が続出、ひとつ間違えると命を落とす危険性さえあった。

 そもそも2020年の東京オリンピックを真夏にするのは、欧米のスポンサー、テレビ局のせいだという説が有力だ。9月になると欧州サッカーのチャンピオンズリーグ、米国のプロフットボールが開幕する。それらと重ならない欧米のオフシーズンにオリンピックをもってきたのだ。IOCは収入源のテレビ放映権料を稼ぐため、開催期間を7月15日~8月31日の間と決めたという。オリンピックの商業主義は極まったというべきだし、パラリンピック選手へのやさしい配慮もみられない。

 いま地球の大問題は気候変動問題になりつつある。日本は原発事故でCO2対策の取組みが後退しているのが実情だ。だとしたら気候変動を逆手にとり、オリンピックの開催期間を最もふさわしい季節にするよう主催国が決める運動を起こしたらどうか。日本が自主的に素晴らしい季節を選んで、日本の美しい風景と空気、空の下でスポーツを競いたいと世界に提案する。21世紀の環境日本をアピールする旅立ち日とする世界国民運動を提起し、商業主義にも異議申し立てをしたらどうか。
【電気新聞 2014年10月16日】