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時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

国内回帰ブームを作ろう

コラム(TSR情報)

――人件費コストだけではない競争条件――

私は以前から主張してきたが、技術開発志向、高品質生産、職場環境や従業員を大事にしたい日本企業や外資系企業は、もっと国内回帰、対日投資をすべきだろう。最近、円高是正で国内へ生産を戻す企業が増えてきたが、もっと大きなブームにすべきだ。

 先日、読売新聞などが外国に進出を続けてきた企業が国内へ戻り始めたという特集を行い、主な企業を一覧表にまとめていた。

 それによると

(1)シャープは中国などで製造する一部の液晶テレビを栃木県へ。空気清浄機などは大阪府

(2)パナソニックは中国などで作っている一部の洗濯機を静岡県へ移し、電子レンジは神戸市へ

(3)ダイキンは中国メーカーに生産委託していたエアコンの一部を滋賀県

(4)日産自動車はアメリカ向け輸出用SUV車の新規国内生産を行う

(5)ホンダは東南アジアで生産中の二輪車を国内へ

(6)キヤノン複合機やプリンターなどの高価格帯製品を国内で生産し、国内比率を6割にする

(7)TDKスマートフォンや自動車向け電子部品の一部を中国から日本または東南アジア

(8)小林製薬は中国で作るマスクを2016年に全て国内へ

――などだ。

 この他、部品メーカーにも国内回帰組が増えている。自動車防振ゴムの世界最大手である住友理工は2016年までに海外の生産量の3割を国内に移す計画だし、他の部品、系列メーカーも同様の動きを見せ始めている。

 

――円高は一段落、110円前後なら戦える――

 日本企業が海外でも生産を開始するようになった最初のきっかけは、急激な円高に襲われた1985年のプラザ合意以降である。私は、1988年春に「1ドル=100円の世界」(㏍ロングセラーズ)という本を書いた。当時の円相場は1ドル=125円前後を往来し、いわゆるボックス相場(小さな箱のような範囲で相場が動き乱高下はしない)に入っており、各国の通貨当局者は「現在の為替相場は適正な水準にある」と言明していた。日本企業もここで安定してくれるなら、何とか企業努力で円高は乗り切れると述べる経営者が多かった。

 しかし、私は当時「1ドル=100円までは円高は止まらない。早晩100円時代がくる。ただ100円時代が来ても日本は対応できるし、そこで新たな均衡した社会ができれば幸運だ」と書いた。予想通り、1990年代に入ると1ドル=100円台に突入、その後2000年代に入っても基本的に円安には戻らず、2010年代に入ると一時的に1ドル=80円割れまで進んで、企業は円高・株安に悲鳴をあげた。

1985年以降はアメリカの財政赤字、累積債務赤字、途上国の累積債務、日米の成長率格差、ドル信任への低落――などが続き、当時の日本企業は向かうところ敵なしの勢いだったので、私は当分円高は続くと見ていた。実際、その間、日本の海外進出は進んだのだ。1990年になるとバブル崩壊に遭遇したが、日本企業は数年間、その痛手の大きさに気づかず、早く手を打った企業から順に回復していった。

 その頃もう一つの大きな動乱が起きた。社会主義圏の崩壊である。1989年の中国・天安門事件、東欧革命とそれに続く旧ソ連邦崩壊だ。この結果、それまで社会主義圏で経済活動を続けていた旧ソ連邦、東欧、インド、東南アジアベトナム、中米などの国が一挙にグローバル化の波に巻き込まれ、自由主義市場経済に突入してきた。

社会主義圏約20億人の給与は先進国約10億人弱に比べ10分の1から20分の1だったから、先進国は競って人件費コストなどの安い中国、東欧などに投資し、その結果国内は空洞化していったのである。そんな大変化の様子を私は「ジャパン・レボリューション」(1993年、同文書院)、「10の空洞化は克服できる」(1997年、角川書店)などに書いた。

 

――空洞化を止めよう――

 円相場が80円台を割り、2011年に75円台まで上昇すると、日本企業の海外進出は大企業、中堅企業だけでなく中小企業にまで及んだ。しかも、当初はコストの安い投資先だった中国や韓国、東欧がメキメキと競争力をつけライバル企業となったうえ、中国はいまや製造基地というよりその国民所得の向上や中産階級の増大で、なくてはならない市場となってしまった。その結果、日本企業は市場に近い場所に工場を作り、日本国内から工場の姿が消えていったのである。

 しかも、中国などの労働賃金が上昇、規制も緩まないと、中国からマレーシア、タイ、インドネシア、フィリピン、ベトナムなどへと有利な投資先を模索し始めることとなり、そのうえ相手国内の社会不安や洪水、対日批判なども加わって経営の安定性にも問題が出始めてきたのである。

 こうなってくれば、今後の投資について日本も含めて見直すようになるのは当然のことだろう。私は、1~2年前から、80円前後の円高は異常であり、日本の貿易収支、アメリカの景気回復などを考えると1ドル=100円以上になっておかしくないと指摘してきた。企業トップも円高は困るが、円安の行き過ぎも輸入コストがかさみマイナス面も大きいし、海外進出で製品を海外で作るようになると円安になっても輸出が増えず円安メリットが出にくい。1ドル=110~120円位なら日本で生産し輸出した方がよいし、原油コストも1バレル=50ドル前後になれば楽になると考え始めていたのだ。

 

――競争に安心できる事業環境こそ――

 しかし、私が1~2年位前から国内回帰を主張してきたのは、コスト面だけの話ではない。日本ほど安全で安心、国内政治が安定している国はないし、国内人件費も“失われた20年”の間で新興国との差は小さくなっているのだ。種々の統計によれば課長級までは日本の方が3~5割高いが、課長級以上になると中国や東南アジアの方が高いという調査もあるほどだ。

 それよりも何よりも、日本人の労働の資質はまだまだ圧倒的に高い、勤勉で手先が器用だし、納期は厳守するうえ、工場内の生産性向上の工夫が従業員から次々と出てくる。またたくうちに世界で真似のできない高品質の製品、サービス、輸送システムを作り上げる工夫、アイデアが出てきて賃金差を埋めるほどになってきている。

 また、日本で働くほど家族が余計なストレスを感じず、安心して働けるところはないだろう。こうしたメリットを考えるなら1~2割の賃金コストは十分に埋めて、高品質で世界トップクラスの品物をつくることで競争力を高めれば十分に勝負ができるはずだ。

 最近、日本への旅行客が洋の東西を問わず急増している。2014年の訪日客は前年より3割増え、滞在中に使ったおカネは2兆円を超えた。中国は一人当たり23万円で訪日客は前年比8割増だ。しかも彼らは皆、メイドインジャパン製品を求めるのである。この傾向を工場誘致、国内回帰に誘導すべきだろう。

 

――地方創生にはずみを――

 インバウント(訪日)観光客が増え、メイドインジャパンの商品に目を輝かせることを見ても日本品の競争力は十分にあるとみて良いだろう。

 日本ほど住みやすく安全で労働の質の高い平均的な力をもった国は少ない。日本はその魅力をもっと国の内外に訴え宣伝すべきだろう。国内生産はできれば地方に迎え、地方の雇用、景気にプラスになるようにすることが重要だ。地方の人件費、土地コストなども大都会に比べて2割以上は安いから十分に対抗できるのではないか。

 安倍内閣は経済対策の重点に地方創生をあげているが、抽象的、一般論的で成果はあがっていない。そんな地方創生を埋めるのは、政府の政策よりも企業の工夫、マーケティング、生産性向上などの企業努力だ。日本企業の国内回帰と外資企業の国内誘致を、もっとキャンペーンすべきたろう。日本農業の品質の良さはとみに世界に知られ、安全、安心、おいしさで他国より高く売れるようになっている。

輸出を増やすには輸入規制も緩和しなければなるまい。そのほか環境技術、ハイテク、ナノテク、観光、ハイテン・炭素繊維などの素材産業分野も強味をもつ産業は沢山ある。しかも、最近の日本企業をみると、大企業だけでなく中堅・中小企業がある分野で世界シェアのトップをもつところが増えている。戦後に勃興してきたソニー、ホンダ、トヨタなどのような勢いのある企業が今の中堅・中小企業の中で目につくのである。世界は大動乱、大乱調だが、日本企業は落ち着いてコツコツと強味を伸ばせば、2015年も決して懸念することはないだろう。
TSR情報 2015年1月30日】