時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

本日のトークファイルの内容

スタッフです。
本日の「森本毅郎・スタンバイ」のトークファイルの音源が掲載されました。要約は以下の通りです。

テーマ:今考えたい、ワイツゼッカーの言葉

戦争責任に対するドイツの立場を表明した象徴的な人。ある時は”世界の三賢人の一人”といわれた、東西統一ドイツの初代大統領。戦後70年経ち、歴史をどうみるかということが盛んに議論になっているのでワイツゼッカー氏の言葉などから考えてみたい。

ワイツゼッカー氏は、アウシュビッツ解放から70年の節目の年に亡くなられ、歴史的因縁を感じる(今年の1月31日に逝去)。兵役を経て、キリスト教民主同盟に入党。連邦議会議員、東西分断時代の西ベルリン市長、その後84年に旧西ドイツの大統領に就任。(ドイツ)統一後94年にドイツ大統領を務めた。

先日(1月27日)ホロコーストユダヤ大虐殺の象徴であるアウシュビッツ強制収容所解放から70年を迎え、今年は戦後70年ということで歴史をどう見るか世界で話題になっている。

ワイツゼッカー氏が第二次世界大戦のドイツの無条件降伏から40年経た85年5月8日に連邦議会にて行なった演説は戦後史に刻まれ、荒野の40年、荒れの40年とも表現され、世界に大きく伝わった。

画像はドイツ大統領府サイトより

ドイツの大統領は首相とは違い、政治家というより言葉の伝道師。その時の演説は「5月8日は心に刻むための日。強制収容所で虐殺されたユダヤ人に特に思いを寄せなければならない。」と言ってアウシュビッツでのドイツの戦争責任を認めたことが大きな衝撃を与えた。さらに有名な言葉として「過去に目を閉ざすものは盲目にもなる。」という一文もあり、戦争責任を直視しなくてはならないということを述べ、その後この言葉は様々な所で使われている。

ホロコーストなどナチスがしてきたことを批判した上で「ナチスが終焉を迎えた日はドイツ国民が解放された日」とも言い、「罪の有無は老若いずれも問わず我々全員が過去に対する責任が負わされているものである」と国民に呼びかけた。責任は一部の政治家や軍人だけでなく国民全体で負うものだというように思う。

そういう意味でいうと、日本も戦後70年を迎えるにあたってどういう談話を発表するか問題となっている。過去の村山総理や小泉元総理の談話はよくみるとワイツゼッカー氏の言葉を相当参考にしているように見受けられる。戦後50年の村山談話、60年の小泉談話、どちらの談話でも「植民地支配と侵略によって多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大な損害と苦痛を与えました。痛切な反省と、心からのお詫びをいたします。」という言葉を共通して使用している。これらはワイツゼッカー氏の言葉と共通する言葉に思える。

今後、戦後70年の談話を安倍総理は村山元総理、小泉元総理の談話を全体として受け継いでいくといっているが、これまで重ねてきた文源を使うかどうかではなく、安倍内閣としてどういうことを考えているかという観点から行なっていくといっている。文源を使わないといっているわけではないが、いったいどういう思想でこの70年を語るのかが注目されている。そんな中、米国は歴史観を修正するのではないかと心配している。確かに今、第二次大戦の歴史観を修正する動きが世界中に出てきている。イスラム国、スコットランドの独立運動、ベルギー等の新たな独立の動き等が起きている。

いまこそ原点に戻るという意味でワイツゼッカー氏の言葉を思い出すことが大事ではないだろうか。歴史的にみると、行き過ぎたナショナリズムは大きな禍根を落とすことになる。日本人全体が昔のことは悪いことだけでなく、いいこともあったんだという考えではなく、きちんと反省した上で、戦後70年の問題も考えていきたいと思うと語っております。