時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

~大学とベンチャーキャンピタルの結合を!~ ―日本のイノベーションの鍵握る―

――アメリカのベンチャー――

 日本の経済にいま一番求められているのは、新しい産業をおこすイノベーションの力だ。アメリカは冷戦終結後、軍事技術の開放などからIT、バイオ、エネルギーなどの分野で次々と新しい産業がおこり、アップルやグーグル、シェールガス企業などを生み出し、再び世界の産業の先頭に立ってきた。

 もともとアメリカは自分で起業し、それを育てる土壌がある。起業家の開発商品にチャンスがあるとみたベンチャーキャピタリスト(冒険的投資家)は、起業家とともに夢をみて資金を募集し、ファンドを創って新しい産業や商品、開発に投資をするのだ。アメリカがベンチャーの国といわれ、つねにわくわくする新しい産業を起こすのは、そうした長い歴史と経験があるからだ。

 しかもアメリカでは、大学とその周辺に投資家たちがひしめき、新しいシーズ(種)を開発したり、そのシーズに投資するベンチャーキャピタリストが協力する関係ができている。ITのメッカ、シリコンバレーではスタンフォード大学カリフォルニア大学のベンチャーが、つねに次の新しいものを探して研究・開発を続けているし、ボストン周辺ではハーバード大学、ボストン大学、アトランタ周辺ではジョージア大学、ワシントン周辺ではNIH(アメリカ国立衛生研究所)などが中心になっている。とくにNIHは、1887年に創設されたもっとも古い医学研究の拠点で、医学、生物学、生理学を約1万8,000人のスタッフ(うち6,000人以上が医師、生命科学者)で構成し、ガン研究所、心肺血液研究所など27の研究所、施設をもつ巨大研究センターだ。当然ながら、周辺は医療、バイオ、生命科学などのベンチャーとキャピタリストがひしめいているのである。

 

――なぜ日本でベンチャーキャピタルが育たないか――

 日本ではこれまで、ベンチャーやそこに投資するベンチャーキャピタルが育たないと言われてきた。大企業は自ら研究所をもち、大企業の投資判断で開発を進めていたし、面白い研究開発を行っている企業を見つけると、M&A(買収)で囲い込んでしまう傾向が強かったのだ。

 このため、ベンチャー資金を集めて自らの手で技術開発し、製品を作って大きくなるというケースは、戦後の一時期を除くと、きわめて少なかった。第二次世界大戦直後、日本は廃虚となり、大財閥、中小財閥も解体されて、大企業中心の構造は崩壊していた。

 そんな時に自らの工夫と営業で大きくなってきたのがソニー、ホンダ、松下電器、シャープ、トヨタなどだった。ソニーは、井深大氏がわずか20人弱の若者たちからスタートした東京通信工業から始まっており、「人がやらないものを作る」というベンチャー精神にあふれ大きくなってきた企業だ。トランジスタウォークマンなど、世界的ヒット商品を生み出し世界的企業に成長した。シャープも「日本で初めて」という日常生活用品を次々と作り出し注目されたし、ホンダやトヨタなどもアメリカに追いつきたい思いから、消費者の求める車づくりを追求して今日をなしたのだ。しかし、日本が高度成長期に入ると、いつの間にか大企業中心の構造が出来上がってしまい、中小企業は下請け、系列に甘んずるようになり、いつの間にか日本ではベンチャーを育てる環境が衰退していたと言える。

 

――大学とベンチャーキャピタルが相互補完――

 そんな日本経済の発展過程の中で、ここ数年でようやく日本にもベンチャーが活躍できる時代がやって来たように見える。これまでのアプリを作ったりするITベンチャーではなく、大学などと共同研究しながら新しい開発を進める姿勢に、新しい息吹がみてとれるのだ。

 たとえば、筑波大学の山海嘉之教授が開発したロボットスーツ(HAL)は、手足の関節などに着けると、脳から筋肉を動かす時に生ずる電気信号をHALが感知し、体の動きに合わせてモーターが動き、さまざまな筋肉の働きを行う。驚くことは脳から筋肉への指令時間は0.04秒だが、HALはそれより早く感知して人間の動きをアシストし、人間のようにスムーズな動きを可能にしている。いまやHALは介護用などに応用され、HALを開発したサイバーダイン社は上場を果たした。

 ミドリムシから食品やサプリメントバイオ燃料をつくる「ユーグレナ」(出雲充社長)も上場した。東大をはじめ東京薬科大、近畿大大阪府立大などと生物学、遺伝子、栄養学、培養方法などを共同研究し、急速に知れわたったベンチャーだ。

 このほかに「東京大学エッジキャピタル」というベンチャーキャピタルが、京都大学の水処理技術の事業化に挑戦している。水処理をする「膜」の技術開発で、従来の技術の10倍の速さで水処理ができる。この技術が確立すれば、途上国の飲み水生産が加速されるだけでなく、この膜は水以外の分離にも応用できるので、エネルギーやガソリン生産などに伴う環境負担も軽減できるという。

 「ビヨンドネクストベンチャーズ」は東京工業大学と組んで、空気によって内視鏡を動かす手術用ロボットを開発している。内視鏡は、肉眼では見えない臓器の裏側や内部を拡大して画像に映し出す手術を補助する道具だが、従来の電動モーターでなく空気圧操作で動かせるようもくろんでいる。モーター式より低価格だし、何より必要スペースが小さいので、手術室が広く使えることが期待されている。

 

――新ベンチャーの登場――

 安倍内閣は、成長戦略の第3の矢としてイノベーションを期待しており、安倍首相は5月の訪米の際もシリコンバレーを訪問、日本のベンチャー支援方針を強く打ち出した。日本のこれまでのベンチャーキャピタルや大企業は、事業が軌道に乗ってから出資するのが一般的だった。

 その背景には、日本では技術とビジネス、金融に精通した人材が少なく、どうしても手っ取り早く儲かりそうな、インターネット関連のアプリ制作などへ集中する傾向が強かったのである。しかし、最近の日本経済の衰弱化の中で、本格的なイノベーションを起こすには、5~10年かかっても革新的な技術や開発を期待する声が強まってきた。また、大企業にいる中堅・若手社員が夢をもった企画を出しても、効率化や即時的な利益を望む企業体質が蔓延してきているため、若手たちのアイデアは陽の目をみずに握り潰される傾向が強くなっている。

 こうした大企業病的な体質にあきたりなくなった、勇気ある若手が企業を飛び出し、アメリカへ渡ってベンチャーのノウハウを身につけて、日本で起業する流れが出来つつあるのだ。また、東北大震災の後にボランティアが東北へ行き、現地に雇用や資金を招こうとして起業構想を打ち出し、全国から賛同者を得て資金を集める動きも出ている。

 これまで、日本の大学は技術開発や研究に大きな業績をあげてきたが、それらを商品化したり企業と共同研究したり、起業化することは得意でなく、多くの宝が埋もれてきた。その意味では、市場を知り資金も集められるベンチャーキャピタルと、技術開発・研究はできるが市場を知らない大学とが手を組むことは、第3の矢の発掘にも大きなチャンスとなろう。ようやく、日本にも新しい段階のベンチャー創設の動きが出てきたといえるかもしれない。
TSR情報 2015年5月27日】