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安倍政局は転換点に? 声なき声が支持率下げる

「国会周辺は騒がしいが、銀座や野球場、映画館は満員だ。私には声なき声が聞こえる」──1960年春、国会周辺は連日、学生や労働組合による数十万人のデモ隊が国会をとり囲み〝安保反対〟のデモが繰り返された。その頃、安倍首相の祖父だった故岸信介首相が、デモの向こうにいる〝声はあげていない多勢の国民は、安保条約に賛成してくれている〟と主張し、国会で強行突破し法案を可決した。〝声なき声〟が条約を後押ししてくれたのだと述懐したのである。


 いま、孫の安倍晋三首相は大与党を形成し自民党内も完全に抑え込んだ〝君主〟にみえる。本来なら憲法改正を国民に問い、改正の賛同を得てから安保法制を改定するのが立憲政治の常道であり本道であるはずだった。だが憲法改正には参院の議席が足りないため、憲法解釈を変えて改正法11本を一括して衆院では数で押し切ったのである。しかし安保法制11本の中味はまだ国民によく理解されておらず、可決後も国民の間では反対が上回っている。これには、安倍首相自身も「今後の参院の論議の中でもっとわかりやすく説明してゆきたい」と弁解せざるを得ない状況に追い込まれている。安倍首相を担ぐ人々は興奮しているが〝声なき声〟の人々は何か後味の悪い思いをもったままなのだ。


 その安保法制を可決した直後に、東京オリンピックのための新国立競技場建設案が、突如白紙撤回された。各種世論調査で安倍内閣の支持率が軒並み30%台に急落し、反対が70%にも達する新国立競技場建設案をこのまま強引に進めることに危機感をもったのだろう。安倍首相は「私が白紙撤回を決断しました」とリーダーシップを強調したが、なぜ急に白紙撤回となったのか。菅官房長官は直前まで「安易にデザインを変更することには国際信用を落としかねない」といい、安倍首相も撤回に応じていなかった。


 安保法制は国会に呼ばれた憲法学者が口をそろえて「憲法違反で立憲政治にもとる」と反対。その後も9割を超える憲法学者が反対していた。また新国立競技場の建設構想に対しても、日本を代表する建築家・槇文彦氏らが「巨大なコンクリートの施設は神宮の森にふさわしくない。穏やかな環境をこわすもので楽しくない」と反対の論陣を張っていた。そもそもコンパクトでシンプル、財政負担の少ない東京五輪をめざすという理念からどんどんかけ離れていたのである。


 反対の声をあげていたのは、いずれも理念をもった学者や専門家たちだった。その声が主婦や一般学生ら〝声なき市民〟にネットを通じて伝わり、支持率低下となって表れたのだろう。一極支配といわれた安倍政権に転換点が訪れてきたのではないか。
【財界 2015年8月25日号】