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時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

アメリカ企業を抜く時は要注意  国益も絡むVW問題

コラム(TSR情報)

 「あのフォルクスワーゲン(以下VW)が不正か」と報道されたとき、世界中の誰もが耳を疑った。VWと言えば、ドイツを代表する自動車大手で世界でも人気車種だ。かぶと虫を連想させる初代タイプのビートルのほかゴルフ、パサートなどに加えて近年はアウディやポルシェなども傘下に入れ、12ブランドを持つとされる。2014年の世界販売は1,014万台、純利益は108億ユーロ(約1兆4,500億円)と、文字通りドイツを代表する自動車メーカーであり、同時にドイツ工業のシンボル的存在でもある。

 1937年に国営企業としてスタートし、60年代に民営化した。株主はポルシェ家とピエヒ家が50%強、独ニーダーザクセン州が20%の株を所有する。今回の事件で2007年から社長だったマルティン・ヴィンターコルン氏が引責辞任し、関連会社の社長だったマティアス・ミュラー氏が新社長となった。

 

――世界一を宣言した途端にVWたたき――

 当初は、一部の問題かと見られていたが、日が経つにつれアメリカ環境保護局の調査やドイツ紙、英国紙などの大手が「組織的な不正が濃厚」と報道、ドイツ大衆紙ビルトは「部品大手のボッシュは2007年に提供したが、あくまでも開発用に限って使用するだけにして販売車輌には搭載しないようにと警告していた」と報じている。

 また社内の技術者は排ガス基準を満たしていないと指摘していたとされ、EUの執行機関もさまざまな不正ソフトがあり、それらが違法行為という認識はあったようだと認めているらしい。ドイツはEU最大の工業大国で技術革新にも定評があり、影響力も大きい。それだけにVWの不正が暴かれることは大問題となるため、影響を恐れて公表しなかった疑惑もある。この不正ソフトを利用したのは、排ガスの有害物質を取り除く装置を付けるとコストがかかり過ぎるため、まだ開発用に限って実験していたものを販売車輌に取り付けてしまったのではないかと推測されている。ついつい誘惑にのり、エコカーとして人気を上昇させようとする会社ぐるみの不正の匂いが強まってきたと言える。

 ディーゼル車はもともと窒素酸化物の排ガス量が多いことで知られていたが、年ごとに改善され、低燃費が最近の“売り”となっていた。しかも燃料コストが安いため、日本でガソリンと電気を融合したハイブリッド車が主流となっているが、EUは依然ディーゼル車が主流となっていた。しかしアメリカ政府が近年、1キロメートルあたりの窒素酸化物(NOx)、排出量を0.044グラム以下と欧州基準の4倍以上厳しくするとしていたので、ドイツ車などEUのディーゼル車は環境基準のすぐれた車を出さないと大市場のアメリカで勝つためにはディーゼル車の環境対策が急がれていたのである。

 

――不正環境対策で急追目指した?――

 VWは2000年代前半には500万台を売っていたがトヨタGMの700~800万台に比べ見劣りし、今後グローバルプレーヤーとして生き残るには1,000万台の販売が必要とみられていた。今回のVWも2010年以降に売上げを急速に伸ばし、事件直前に2018年までに1,000万台プレーヤーと世界一になることを宣言したばかりだった。VWが近年急速に伸びてきたのは、環境規制には比較的ゆるやかな中国での販売実績があったためだった。しかし今後、世界一を目指すにはアメリカ市場で勝つことが至上命題で、それには環境基準のクリアが必要だった。それを不正によってクリアしようとしたところに今回のつまづきがあったといえそうだ。

 

――過去に日立、IBMトヨタなど――

 アメリカにとって自動車は依然、最大の工業製品のシンボルだ。この分野で他国に抜かれることには極めて神経質になっている。アメリカでは多くの企業、産業が破綻し市場から消滅していったが、自動車だけはGMが破綻しときに政府が支援して生き残りを手伝った。また2010年にトヨタ自動車が世界一に手が届きそうになったとき、大規模なリコール(回収と無償修理)が起こり、豊田社長がアメリカ議会に喚問された。結局、その時もっとも問題となったブレーキの不具合は、後に問題のなかったことが判明したが、トヨタは和解金やリコール費用で推定約30億ドル(約3,600億円)支払ったとされる。今回の場合、クロと認定されると1兆円近い支払が生ずる可能性もあるといわれる。

 

――国益絡みになると国をあげて追及するアメリカ――

 アメリカは世界の先頭を走る産業がダメージを受けそうになると、トヨタのリコールやVWの環境規制などをタテに自国産業を徹底的に守ろうとする習性がある。80年代には日本の日立、富士通などが西海岸でITの新研究をしているとき、米国IBMが盗用などで訴えて日米の大きな摩擦になったことがあった。いわゆる“日立・IBM事件”である。

 いまアメリカはIT、バイオ、自動車、航空機などで競争力をつけてきており、人口も増えて市場が拡大しているときでもある。企業同士の競争に不正・盗用などは許されないが、企業の背後には国力を意識する国家の存在も常に影がちらついている。企業が大国と競争するときは、背後にいる国家の企業戦略や国家統治にも気を配っておく必要がある。VW事件はあらためてそのことを思い知らせた警告であるとも言えよう。
TSR情報 2015年10月28日】