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7日の沖縄タイムス等に嶌の新著ノンフィクション「日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた」の書評が掲載されました

スタッフです。

7日の沖縄タイムスに嶌の新著ノンフィクション「日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた」の書評が掲載されました。評者は「トレイシー 日本兵捕虜秘密尋問所」(講談社/2010年講談社ノンフィクション賞受賞作)の著者であるノンフィクション作家の中田誠一様。素晴しい書評ですので、ご紹介いたします。

 

抑留者たちの奇跡の物語

 まことにタイムリーというべきか、このほどユネスコの世界記録遺産に第2次大戦後のシベリア抑留資料「舞鶴への生還」が登録された。シベリア抑留では、旧満州などの日本軍将兵約57万5千人がソ連の捕虜となり、約5万5千人が死亡した。シベリア、中央アジア、モンゴルなどに送られて強制労働に従事させられたのである。

 本著は、ソ連抑留の秘史である。しかもヒューマニズムあふれる稀有(けう)な物語だ。満州からシルクロードウズベキスタンの首都タシケントに送られた捕虜たちが、オペラハウスを建てたというからただ事ではない。ソ連の四大劇場の一つとされたナボイ劇場である。

 1966年、タシケントを襲った直下型大地震にもビクともしなかったことで、建設の仕上げに携わった日本兵のことが想起され人々に称賛の声があがったという。

 戦争は国家の武力の対決であり文化の対決でもある。国民性や民族の特性が如実に表れる。ナボイ劇場の建設に関わったのは、満州の旧陸軍航空部隊の永田行夫大尉を隊長とする第4ラーゲリ(収容所)の457人の工兵たち。大工、電気工、とび職など技術者が多かった。応召前には日本の伝統文化や技能の担い手だった職人である。

 武器を捨てた抑留者たちは、2年後の劇場完成を目指して日本人の技術、勤勉、団結力など、その力を最大限に発揮して懸命に働いた。24歳の永田隊長の卓越した統率力、勇気、希望、それに応えたソ連側の収容所長の人間性。抑留者たちの連帯と市民や建設現場の親方たちとの心温まる交流、地元女性の悲恋など多くの逸話が生まれた。

 日本兵はシルクロードにオペラハウスという後世への文化遺産を建設したのだ。抑制の利いた文章が、幾重にも感動の渦を巻き起こす。

 戦後70年に続く、ナホトカから舞鶴港に帰国した人々の戦争の軌跡と真実の物語である。(中田整一・ノンフィクション作家)

 

※追記(11月10日)

同様の書評が11月8日付の京都新聞愛媛新聞熊本日日新聞信濃毎日新聞にも掲載されました。 

 

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