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時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

22日発売の財界最新号に嶌の新著ノンフィクションの書評が掲載されました

スタッフです。22日発売の「財界」新春特別号(2016年1月12号)のブックレビュー「著者に聞く」に嶌の新著ノンフィクション「日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた」の書評が掲載されました。

以下記事の抜粋です。

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【著者に聞く】ロシア人・ウズベク人を感動させた抑留秘話
 今年は戦後70年。様々な特集がメディアで組まれ、圧倒的に多かったのはシベリア抑留の悲惨な話だ。極寒の地で食料も満足に与えられず、重労働に耐えながら亡くなられた人々の実話は今でも胸が締め付けられる。
 しかし同じ満州で捕虜となりながら、異なった捕虜生活を送った日本兵がわずかながらいた。満州からシベリアを通過して約4000㌔離れたシルクロードの国、ウズベキスタンの首都タシケントの第4ラーゲリ(収容所)に強制連行された457人の日本兵捕虜たちだ。

  旧陸軍航空部隊の永田行夫大尉(24歳)を隊長とする18歳から30歳までの兵隊に送られた人々は、旧ソ連のモスクワ、サンクトペテルブルグなどと並ぶ壮麗なビザンチン式のオペラハウスを2年間で建設することを命じられたのである。永田隊の多くが航空機などの修理にあたる工兵だったので、日本人の手先の器用さや仕事の丁寧さ、約束の時間を守る律義さ、仕事を仕上げる時の団結力などに着目したのだ。
 気候はシベリアほど厳しくはなかったが、食事は貧しく労働も厳しかった。しかし永田隊長の卓越した指導力や全員が無事に帰国できることを使命とした隊員たちの団結と協力の精神で見事に2年以内に3階建て、1400席、壁や天井に素晴しい中央アジアの紋様を彫刻したパリやローマの劇場にも引けを取らないオペラハウス「ナボイ劇場」を完成させたのだ。日本人の働きぶりを見ているうちにソ連の収容所長やウズベク人たちは次第に日本人捕虜に敬意を表し、心温まる友人関係や地元女性との恋なども生まれた。それでも単調な生活と故郷恋しさからノイローゼ気味になる人も出る。そのため麻雀や歌芝居などの大会を開き楽しみ、娯楽などを考案してゆく。
 数十年も残るオペラハウス建設にオペラハウス建設に手を抜いたら日本人の名折れになると2年間で作りあげた劇場は、1966年のタシケントの街を全壊させた大地震にもびくともせず凛として建ち続けシルクロードに日本人伝説を残すことになる。この伝説は瞬くうちに中央アジア諸国に広がり、91年旧ソ連から独立したウズベキスタンなどの中央アジア諸国は、国づくりのモデルを日本に求め、今なお数多くの留学生が訪れている。
 今年10月安倍首相が中央アジア5ヵ国を訪れた際、ウズベキスタンでは日本人墓地やナボイ劇場を訪れた。ナボイ劇場には「1945年から1946年にかけて極東から強制移送された数百名の日本国民が、このアリシェル・ナヴォーイ名称劇場の建設に参加し、その完成に貢献した」とウズベク語、日本語、英語などの順で記された碑が建っている。シベリア抑留の悲劇とは異なり、胸あたたまる秘史の発掘は、戦後70年目の今、涙せずには読めない不屈の日本人を描いたノンフィクションだ。