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時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

本日のTBSラジオ「日本全国8時です」の内容~米 自動車産業に問われる新戦略~

スタッフです。本日の「森本毅郎・スタンバイ」の「日本全国8時です」の音源が掲載されました。要約は以下の通りです。

テーマ:フォード日本撤退。アメリカの自動車産業で問われる新戦略

大統領選の候補者選びが本格的に始まる。共和党、民主党ともに接戦。共和党のトランプ氏は「イスラム教徒は入国禁止だ」、「日本は大量に車を売りつけてくる」というようなナショナリズムを活気するような発言が多く、人気を得ているがはたから見ると不安な候補である。こういう人をアメリカはどう評価するのかもみたいものである。


さて今日は「アメリカの自動車産業」についてみてみたい。先週フォードが日本から完全撤退することを発表した。


自動車産業が衰退し始める
私がアメリカにいた頃は自動車産業は盛んであったが、衰退しはじめた時期。戦後直後は日本車をほとんど作っていなかったので、日本ではアメリカ車が走っていた。日本車を作り始めた時にフォードは日本車を買い、全て分解してどの程度のものか見てやろうというのがあった。分解したところ、「なんだこの程度か、これなら日本車がアメリカ社に追いつくことはありえない」というように言っていた時代もあった。

しかし今はアメリカ車がだんだん売れなくなってきた。アメ車ブームなどで1990年代には2万台以上売り上げていたが、昨年のフォードの日本での販売台数はその4分の1にまで落ち込んだ。日本の少子高齢化によって市場が縮小したということを言っているが、昨年の日本の輸入車販売ランキングを見てみると…

1位:ベンツ
2位:フォルクスワーゲン
3位:BMW
4位:アウディ
上位は全てドイツ車で5万台前後の売上があり、外車自体が売れていないということではなく、アメ車だけが全く歯が立たない状態であった。10店舗の販売店を持っていても意味がない状態で撤退していくことになった。そうなるとアメ車は衰退しているのかというようにみえる。アメ車は大型車が多く、日本の土地柄に合わない車であり、ドイツ車は小型車も多いこともあるのだろう。


世界のビックスリー
フォードと言えば、GM、旧クライスラーの3社をまとめて「世界のビックスリー」と言われた会社だ。1908年に有名な「T型フォード」という世界初の大衆車の大量生産を実用化し、車1台作るのに12時間要していたのを1時間半に短縮して量産。誰もが車を持てる今日の自動車産業の基礎を作り、代表する会社であった。私たちが子供の頃に街中を走っているのはアメ車で、走ってくる車を見てはメーカーを叫び、覚えるのが楽しみで、大人になったらアメ車に乗りたいなと思っていた。フォードのサンダーバードは一つのあこがれでもあったし、夢だった。

80年代位から様子が変わり始め、そのきっかけは石油ショック。アメリカは広いので車の国であるから、ガソリンをドンドンつかうことはできない。81年にアメリカに駐在したが、当時GMの3600ccと4000ccの2台のガソリンをがぶ飲みするような大型車を購入。頑丈で160キロで走ってもスピード感を感じない乗り心地のよい車であった。


敵視された日本車
その頃に日本車は小型化してガソリンをほとんど使わないことから、アメ車をドンドン駆逐していく。その為にアメリカの議会や全米労組が日本車を敵視し、日本は不正な輸出をしているということを盛んに言った。何が不正かというと、日本政府は輸出に対して補助金を与えている、日本人は普通8時間労働なのに、14、5時間働いて、サービス残業でこれらは公平な競争とはいえないというように日本車をたたいてきた。そして議会の前で日本車を壊すというようなパフォーマンスをしており、当時アメリカのCMには「日本車を殺せ」というようなものもあった。そう言う意味で日本人はデトロイトなどの自動車の街を歩くことを怖がっていた。それくらい日本車はアメリカでは敵視された。


カラオケ市長来日をサポート
私は当時、アメリカは敵対心ではなく日本の企業を誘致すべきだということを盛んに言っていた。GMが本社を置いているフリント市のラザフォード市長(当時)が「日本をたたくだけではだめだ。今日本は盛んに投資しているのだから、日本に投資してもらおう。そして、日本に代表者を送ろう」ということで集会を開いた。私もそこに呼ばれ、英語が達者ではなかったが20、30分演説させられた。また、「日本にはこういう産業があるから呼んだらいいのではないか。自動車の街というと日本では敵視されているように見られるからそうではない、いいゴルフ場が近くにあるよ。」というようなことをアドバイスした。

それから日本の通産大臣に会いたいというので、当時の山中通産大臣に電話するなど、様々な支援をした。フリント市の市長や全米労組の代表が日本を訪問することになった。市長に今日本はカラオケブームだからカラオケを覚えた方がいいと浜口庫之助さんの歌を覚えるようにアドバイスし、覚えて日本にいった。そのことを毎日新聞の記事にしたところ、「カラオケ市長がやってくる!」とテレビ局も取材をし、市長が行くところにはさまざまな企業が話を聞きにいったというようなこともあった。

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※上記の事がきっかけでフリント市の名誉市民として表彰される。その時に授与された表彰状と鍵

 

日本はアンフェア
日米双方でそれぞれの車は参入したが、日本の車がアメリカに行くには相当警戒され、日米摩擦にもなったという経緯がある。日本にアメリカ車が入って来て、上手くいかなくなったのは、必ずしも日本の側の問題ではなくアメリカの自動車会社側の問題もある。かつて全米自動車労組に取材にいったことがあるが、その駐車場に日本車も駐車されており、「なぜ日本車を置いているんだ」とたずねると「日本の車はいいからだ」と答えた。では「なぜ日本の事を非難するのか」とたずねると「不正なことをするからだ。アンフェアだからだ。」要するに補助金を出したり、日本の労働者はサービス残業で14,5時間働いていてそんな事をやったら負けるに決まっているじゃないかそれならやめなさいということが、当時の言い分だった。

一方で日本に自主規制を求めるというようなことをやって、自動車摩擦が跳ね上がる。その間にGMクライスラーが破綻。日本でアメ車のイメージがデザインの特徴が薄れてくる、環境対策はどうか、燃費ということを考えるとやはり魅力がドイツ車に向かっていく。このことをアメリカは考えなくてはならない。尾ひれが上がったかっこいい車でステータスだと思われていたものが、今や環境等を大事にする時代になったことも大きい。