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中東・石油の焦点はサウジからイランへ

――サウジも減産で自らのクビをしめた―― 

 原油安がまだ止まらない。2008年に1バレル=150ドル近辺まで上昇していた原油価格は、現在5分の1、約30ドルまで落ち込み、直近では29ドル台まで落ちた。原油安は消費国にとって朗報だが、急落と先の見通しがつかない場合、世界経済や国際政治などあらゆる分野に影響を及ぼし、今や産油国だけの問題ではすまされなくなっている。

 もともと原油は1970年代の第4次中東戦争が起きるまで1バレル=1ドル前後で安定しており、世界のエネルギー源として喜ばれていた。当時は産油国の原油をメジャー(国際石油資本=スタンダードオイル、シェル、シェブロンなどの7大資本が牛耳り、セブン・シスターズと呼ばれていた)が買い取り、それらを精製して世界に売っていた。

ところが、1973年にイスラエルアラブ諸国の間で起こった第4次中東戦争を機に原油価格が暴騰したのだ。イスラエルとエジプトを主力とするアラブ諸国の戦争で勝負は73年10月6日から24日の国連による停戦決議を受け入れるまで続いた。初期はアラブ軍有利だったが、アメリカの支援もあって次第にイスラエルが盛り返し逆転勝利した。第1~第3次中東戦争イスラエルが圧勝しておりイスラエルとアラブの対立は長年の間、中東の戦争の火種だった。結局、74年の停戦決議後、エジプトとイスラエルが平和条約を締結し、以来、大々的な中東戦争は起きていない。ただ平和条約を結んだのはエジプトだけで、その後もパレスチナをめぐり、何度も小さな戦いは起きている。

※画像は、米アーサー・キルのシェル社石油コンビナート(Wikimedia Commons)

――価格支配はメジャーから産油国へ――

 この第4次中東戦争以後、アラブ産油国は原油をメジャー通さず直接消費国に売る方法もとるようになったので、原油価格の決定権はメジャーから次第に産油国で作るOPEC=石油輸出国機構が握るようになった。このため、70年代半ば以降は、OPEC総会で原油価格が話し合われるようになり、第4次中東戦争で原油価格は1バレル1ドル前後から2~3倍に上昇、世界に“石油危機”と呼ばれる状況を引き起こした。石油は燃料だけでなく化学製品の原料でもあったので、原油価格の暴騰は世界にインフレを引き起こしたのだ。

 その後、毎年のOPEC総会は注目の的になり、徐々に原油価格が上昇。1979年になるとイランでホメイニ革命が起き、イランが大減産を始めたため、さらに価格が上昇し、1バレル=20~30ドル台までハネ上がり第2次石油危機を招くことになったのである。いまや原油は世界の戦略商品となっており、国際情勢が緊迫すると上昇、落ち着くと下がるなど需給関係とは一線を画して価格が上下するようになっている。ここ10年位は70~80ドル台で推移、国際情勢によっては100ドル近辺まで上昇していた。


――シェールガスを意識するサウジ?――

 その原油価格に異変が起きてきたのは2014年以降である。アラブ産油国は下降気味だった原油価格を上昇させるため、OPECで値上げしようと減産を持ちかけるが、最大の産油国でアラブ産油国の盟主でもあるサウジアラビアが、逆に増産に踏み切り価格はますます下がる一方となり、2015年には1バレル=50ドル前後まで落ち込んだのだ。

 サウジの増産意図は、いまひとつはっきりしないが、アメリカのシェールガスに対抗するためではないかと推測されている。アメリカは、これまでアラブから原油を日量900万バレルも輸入する輸入国だったが、数年前からシェールオイルシェールガスの発掘に成功し、いまや輸入は不必要で逆にシェールガスなどの輸出国に転じようとしている。また、アメリカはイラク戦争など中東の紛争を支援することに嫌気を感じ、中東やアフガニスタンからの撤兵を検討中だ。そうしたアメリカの姿勢をけん制するためサウジが増産し、シェールガスなどの発掘コストの採算割れを目指したのではないか、と推測された。現にアメリカの中小のシェールガス会社はかなり倒産したりしたのだ。

 

――ブラジル・ロシアなども悲鳴――

 ただ、サウジの増産の原油価格下落はアラブ産油国だけでなく、ロシア、メキシコ、ブラジルなど非OPEC産油国も苦しませた。このため、サウジ以外の国々は、サウジが減産に転換し市場をタイトにして原油価格が上昇するようにと、何度も働きかけた。それでもサウジはなかなか妥協しなかったが、輸出の8割を原油に頼るサウジも1年半で8割以上の暴落となっては、経常収支が赤字に転落、財政収支の赤字幅も国内総生産GDP)比で2割弱となって音をあげ始め7,000億ドルを超えていた外貨準備(中国、日本に次ぎ3位)も急速に減少してきてさすがに慌てだしたようだ。

 そこへロシア、ベネズエラカタール、サウジの4ヵ国が2月16日に話し合い、他の「産油国も同意することを条件に原油の増産を凍結することで合意」し1月の水準まで減産することにしている。OPECの枠を越えて産油国が減産に合意したわけで、ついにサウジも背に腹をかえられなくなり妥協したと見られた。

 

――今後のカギを握るイラン――

 ところが、他の大産油国、イランとイラクが減産に同調するかどうかで価格上昇の成否が決まるものの、イラクイスラム国やクルド族との戦争で資金が欲しい状況だ。また、イランはアメリカなど西側の経済制裁が解除されたばかりなので、原油を売って40年近くにわたり疲弊していた経済を立て直すため、増産して西側諸国と次々新プロジェクトを結んでいる最中である。しかも、サウジが年初めにサウジ国内のシーア派教徒をテロ容疑で処刑したため、シーア派のイランはイラン国内のサウジ大使館などを襲撃したばかりなのだ。いま両国は国交断絶という最悪の状態に至っている。サウジの産油量は日量1,000万バレルで世界一の輸出国。イランの産油量は日量300万バレルだが、西側との核合意で今後生産が拡大すればイランは中東ではイラクアラブ首長国連邦と並ぶ大産油国となる。

 今後の原油価格と世界経済は、これまでのサウジの減産問題よりも、制裁を解かれたイランが、原油を武器に国内のインフラ整備、経済力の強化などに走り出すテンポによって左右されてくるだろう。と同時にスンニ派のイランが再び大産油国になり存在感を増してくれば、人口約8,000万人の大国イランが、中東の危機の行方を握ってこよう。IS(イスラミックステート)の存在、イラン・サウジの断交、シリアの内戦、ロシアとトルコの対立、クルド族の独立の動きを――と、中東は石油価格の問題だけでなく、世界の最大のホットスポットとして火をふきかねず、依然、世界は目を離せない。とりわけイランの今後の動きには要注意だろう。

TSR情報 2016年2月26日】

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