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時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

ジョン・ブルの賭けは?   

コラム(電気新聞)

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 イギリスは、結局欧州連合(EU)からの離脱を選択した。キャメロン首相や経済界、特に世界の中心的存在であるシティ(金融街)などはEU残留を訴えていただけに、その衝撃はイギリス、EUだけでなく世界を揺るがせた。

 経済的損失からみる限り、離脱はイギリスにとって決して得にはならないと思われていた。輸出入や世界からの投資を考えてEUに残留するとタカをくくっていた向きが強かった。

 しかし、イギリス国民は52%対48%という思っていた以上の”大差”で離脱を決意したのである。土壇場になって、孤立を恐れないジョン・ブル精神とイギリスの誇りに賭けたのだろうか。

 ジョン・ブルとは頑固で不屈で誇り高いイギリス人魂を言い、ジェントルマンシップ、ノブレス・オブリージュ(身分の高い者がそれに応じて果たすべき社会的責任と義務)と並んで英国紳士として持つべき資質とされる。有名な豪華客船タイタニック号の沈没の際、イギリス人の犠牲者が平均よりずっと多かったのは、われ先に救出ボートに乗ろうとした他国人に比べ、女性と子供の救出を優先するイギリス人魂を発揮したからだという。

 イギリスは、15、6世紀の大航海時代以降スペインやポルトガル、オランダなど退けて、20世紀にアメリカが台頭する時代まで世界の覇権を握ってきた。アフリカからインド、中国、オーストラリア、ニュージ―ランド、中南米、アメリカ、カナダなどを支配下に治め、一時は”沈まぬ太陽”を抱く国とまで言われた。

 そのイギリスが覇権を失ったのはドイツの台頭からだった。特にナチス・ドイツが欧州を席巻し、フランスがロンドンに臨時亡命政府を作った第二次大戦中には、救いをアメリカに求めて欧州を取り返した。

 大戦後、アメリカは欧州を去ろうとする。だが、社会主義国ソ連の脅威もあって、イギリスなど欧州諸国の要請から、アメリカが世界の警察官の地位を占めることになったのである。

 その世界の覇権国だったイギリスからすると、独・仏が主導するEUに入ることは決して心から喜べる話ではなかった。特に1980年代のサッチャー政権時代はドイツの主導に乗っかるフランスによく毒づいていた。フォークランド島紛争では南米まで軍を派遣し”鉄の女”宰相の異名をいかんなく発揮したものだ。

 イギリスは結局、EUに加盟したものの、通貨の主権だけは手放さず、ユーロには加盟しないでポンドを使い続けた。しかし、こうした中途半端な姿勢は、誇り高いジョン・ブル精神をいたく傷つけていたのかもしれない。今回の「EU離脱か残留か」を決める投票ではEU時代に慣れた若者たちや損得で動く経済界、経済人の多くは「残留」支持にまわったとされ、高齢者や中産階級はEU離脱派が多かったと言われる。

 イギリスのEUへの貿易比率は輸出が約47%、輸入が約53%というからEU離脱の影響は、今後のEUとの話合い次第によっては極めて厳しいものとなり、イギリスのGDPも大きく落ち込む結果となりそうである。しかしイギリスはすでにサイコロを振ってしまった。私はイギリスはEU残留を選択するとみていたが、どうやらジョン・ブル精神を甘くみていたようだ。

 だが本当にジョン・ブル精神が試されるのはこれからだろう。人も国もどん底まで落ちた時に、くじけず這い上がれるかどうかが試される。誇りと過去の栄光だけでは生きてゆけない。

 イギリスが苦難からどう立ち上がってゆくのか。まだ少し余裕があり、バブル後遺症から完全に再生できていない日本にとっても、イギリスの選択に目が離せない。
【電気新聞 2016年7月5日】