時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

"風車のお百合"の次の手は?

f:id:Nobuhiko_Shima:20160907122048j:plain

 ”風車のお百合”が、逆風を活用して都知事選で圧勝した。「風車は逆風が吹くとよく回るんですよ」と、選挙後にニッコリ。ただ、投票日間近になると自民党の組織力がフル回転していたから、内心は落ち着かなかっただろう。


 それにしても小池氏の戦いぶりは見事だった。後から立候補する〝後出しジャンケン〟が有利とされていたが先陣を切って名乗りをあげ、自民党増田寛也氏を推薦すると、自ら推薦願いを取り下げ組織応援なしの孤立無援で戦う道を選んだ。野党四党は鳥越俊太郎氏を共同で推したから、当初は組織をバックに持たない小池氏は圧倒的に不利にみえた。


 だが、政策面でも選挙戦術でもしたたかだった。増田、鳥越両候補が政策ではありきたりの品ぞろえを連呼していたのに対し、都政の透明化や待機児童、待機老人など生活に密着した政策を事細かに並べ勉強の深さを感じさせた。また、グリーン=環境をイメージさせるグリーン選挙を貫徹し「キュウリやブロッコリーなど緑の野菜でも結構です」といい、演説集会ではグリーンが段々目立ち、イメージカラーとして定着させた。さらに演説会場は中央線と山手線を軸に都の島にまで飛び「私は防衛大臣を務めたので港、海、空を活用し、ネットやSNSも毎日細かく対象毎に工夫してきました」と言って驚かせた。


 小池氏の真骨頂は”群れない”ことと、自分で発想してエイッと飛び込む度胸だろう。渡り鳥といわれ日本新党を皮切りに新進党、保守党、自民党などを渡り歩いたが、すべて自分の判断で決めてきた。政界は派閥のしがらみにとらわれる人が多いが、小池氏はほぼ無縁だった。小泉郵政選挙では、慣れ親しんだ兵庫の選挙区を捨て〝刺客〟候補として真っ先に名乗りをあげ東京から立候補し当選した。今日の都知事の基盤にもなったわけだ。


 小池氏の経歴も変わっている。関西の私立大学に在学していたが、アラビア語国連公用語になるとエジプトに留学。帰国後にアラビア語通訳、経済番組のTVキャスターを務めた後、政界へ打って出た。今もアラブの在京大使館の人々と年に数回は食事会を開き人脈を保っているほか、環境大臣当時に世界の環境大臣などとの人脈を作り上げている。何といっても有名なのは〝クールビズ〟を定着させたことだろう。センスのよいファッションを衣類メーカーに呼びかけ、小泉首相経団連会長、在京のアラブ大使などをファッション・ショーに引っ張り出し国民的なものにした。イベントのアイディアなどをすぐ実行に移す実行型の人物だ。一時は自民党で干されていたが、自分の力で復活してきた馬力は、今後の政界でもあなどれまい。
【財界 2019年9月6日号】

画像はWikimedia Commons
※本コラムは2016年8月23日発売号に掲載されたものです。