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時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

アメリカのTPP離脱の衝撃 ~中国寄り協定で妥協するのか~

コラム(TSR情報)

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 ゴール直前でTPP環太平洋戦略的経済連携協定)が座礁した。アメリカの新大統領ドナルド・トランプ氏が当選直後にTPP離脱方針を明言したからだ。トランプ氏の大統領就任は来年の1月20日。オバマ大統領としては残る2ヶ月余の任期中に議会から承認を得たいとして努力していた。だが、トランプ氏の所属する共和党の指導部も「TPP承認法案を年内に審議することはない」と応じたため、議会で可決する道が閉ざされたのだ。

――アメリカの太平洋貿易戦略だった――
 アメリカはこれまでTPP推進派だった。元々TPPはチリ、シンガポールニュージーランド自由貿易協定を結び互いの関税障壁を取り除こうという動機から2002年にスタートした交渉だった。その後、ブルネイが加わり、これに目を付けたのがアメリカで、アジア・太平洋全域に広げる貿易協定にしようと途中(2008年)から入り込んで主導権を握った。アメリカとしてはこれから発展するアジア、中南米の貿易で主導権を握る好機とみて、そのルールづくりに力を入れてきたのである。TPPにはアメリカのほか日本、マレーシア、オーストラリア、カナダ、メキシコなど12カ国が参加する予定で、世界経済の4割、人口の1割を占める大きな協定構想だった。当初日本ではこの協定に参加することは農業分野などの反対が強く消極的だったが、アメリカの強い圧力もあって参加表明するという経緯があった。9割を超える高い関税撤廃率や知的財産保護や国有企業の制限などをルール化するなどの内容となっており21世紀型の貿易ルールのモデルにする機運もあった。

 

――中国はRCEP構想で対抗――

 このTPPに対抗して構想されているのがRCEP(東アジア地域包括的経済連携)だ。これは国有企業の参入や知的財産保護に厳しい制限をつけるTPPだと中国が入りにくいため、中国主導でRCEP計画を打ち出していたのである。RCEPとTPP両方に参加表明している国もある。日本などはTPPに重点を置きながらも両方に参加しており、RCEPにはインドも加わり16カ国。世界経済の3割、人口の5割を占め関税撤廃率は8割を目標としているが大幅なルール改正は見送る方向のようだ。
 TPPにアメリカが入らないと主役が抜けてしまうので、俄然注目を浴びてきたのがRCEPなのである。マレーシアなどは「アメリカがTPPから離脱するならRCEPに焦点をあててゆく」と言明している。当初は、日米がTPPを主導して先行し、公平・公正な経済ルールを促していく戦略だったが、RCEP協定だと中国の制度を温存するゆるやかなルールになってしまう可能性が強い。

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――トランプ氏の離脱表明の背景――
 オバマ政権はTPPが発効せず、中国や日本が参加するRCEPが実現したら、アメリカにとっても中国企業との競争が不利になるため、アメリカの雇用の470万人が危機にさらされるとして、残り任期の中で批准しようとしていたのである。一方のトランプ氏は、大統領選の中で米東部や中西部の工業地帯が次々と衰退、フォードがメキシコに工場を移したり、日本車がアメリカの安い関税で次々と進入してくるのをみて、「アメリカの雇用を守るためにはTPPはいらない」と手のヒラを返した。「日本は農産物などに高い関税をかけ保護しているではないか。日本車を輸出したかったら、日本の農産物の関税をアメリカの自動車並みに引き下げるべきだ」と妥協しない構えを見せているのが実情だ。

――安倍政権はどちらに転ぶ――

 安倍首相は、トランプ氏の大統領就任前の11月18日に海外首脳として最初にトランプ氏と首脳会談を行った。安倍首相はトランプ氏に対し、TPP離脱を思い留まるよう説得したとみられるが、今のところアメリカの良い反応は聞こえてこない。このため、安倍政権は日本独自でもTPP法案をできるだけ早く承認し、アメリカをさらに説得する材料とするほか、他のアジア太平洋諸国の批准の支援になるよう努力すると述べている。また、当初は日本もTPPに消極的だったが、農業を成長戦略の柱に取り込んでから大きく方針が変わったともいえる。

 TPPは当初、アメリカのアジア・太平洋貿易の重要な戦略的柱だったのに、突然の変更で、アジア・太平洋の自由貿易秩序にも大きな打撃を与えることになる。さらに、日本としてはアメリカに無理矢理TPPに引っ張り込まれ、日本国内でも農業団体などの反対勢力に批判されながら、ようやくTPP批准にこぎつけるところまで来たのにもかかわらず、アメリカにハシゴをはずされた格好だ。パリ協定(気候変動枠組条約)でも同じ目にあっているが、日本は今こそ本気でアメリカを説得しTPP参加を表明させないと、政府の見通しの甘さや外交力の弱さを世界に露呈してしまうだろう。TPPがちっぽけなものになり、中国主導のRCEPに日本が参加するとなれば、日本のアジア、太平洋戦略は安全保障だけでなく経済分野でもアメリカから中国へ取り込まれていく印象を、アジア各国に与えることになるのではないか。TPPは最初から農業分野の強化と成長戦略には必要な協定だと腹を固めてオバマ政権中に臨んでいれば、また違った結果を得られたのではないか。
TSR情報 2016年12月2日】

トップ画像はWikimedia Commons:2016年11月19日にリマで開催されたTPP首脳会合