時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

アメリカ政府がパリ協定から離脱 ―アメリカ企業は参加、独仏が先導役に―

昭和45(1970)年頃 江東区豊洲の大気汚染

昭和45(1970)年頃 江東区豊洲の大気汚染

 1960~70年代の日本は、高度成長期の真っ盛りで人々は元気で、みな浮き浮きしているような雰囲気だった。まだまだ日本は成長し、人々の給料も上がると信じていた。実際、企業の競争力はどの業界も強く、先進国のアメリカやヨーロッパ諸国に追いつき貿易黒字が増え続けて、あちこちの国と経済摩擦を引き起こし黒字減らしを要求された。 

昭和30年代千代田区日比谷公園前大気汚染

昭和30年代千代田区日比谷公園前大気汚染

―昔は汚かった日本―
 そんな時代の中で日本人も顔をしかめて対策を強く求めていたのが公害問題、環境対策だった。工場地帯では煙突から黒い煙がモクモクと立ち上っていたし、大都会は自動車の排気ガスが充満し、咳き込む人が少なくなかった。マスクをして夜、家に帰ると、マスクが中まで黒ずんでいたものだ。天気の良い晴天の日でも排気ガスやスモッグで空がどんよりしていた。富士山が東京からくっきり見えたのは正月位だったと記憶する。

 空や空気だけでなく街も汚かった。道に平気でゴミを捨てている人が目立ったし、ツバやタンを吐く人も少なくなかった。道路の舗装率も悪かったから、風が吹くとホコリが舞い上がったし、ゴミ箱も整備されていなかったから道や公園にもゴミが目立った。学校では「自分のゴミは自分で処分しましょう」と教えられていたが、あまり気に留めずポイ捨てをやっていたし、犬や猫は散歩の際に道の端や電信柱に向かって用を足していた。

 その当時に比べると今の日本は見違えるように街はきれいになったし、人々も礼儀作法を守るようになった。昔は公園などの公衆トイレは汚い所の象徴のように思われ、男は公衆トイレがあるのに脇で立小便をする姿をみかけたものだ。今の公衆トイレはきれいになり、トイレットペーパーが用意されていて30~40年前とは隔世の感がある。世界を旅行して比べてみても日本の公衆トイレの清潔さは誇ってよいのではないか。ただ、街は清潔になったが気候変動は年々深刻化している。例えば2020年の東京五輪では熱中症の危険があると警告されている。開催期間は7月24日から8月9日だが、運動を中止すべきだというレベルを大幅に超える可能性があるからだ。

―2020年の東京オリンピックは大丈夫か―
 桐蔭横浜大などの研究チームのまとめた予想によると、開催期間中の熱中症発症リスクを表わす「暑さ指数」は年0.4度の割合で上昇しており、このままだと2020年には34度を超えると予測されている。
 
 環境省によると暑さ指数が28度を超えると熱中症患者が急増し、「28~31度」は厳重警戒レベル、31度以上は「危険レベル」で原則として運動はやめるよう忠告している。特に懸念されるのがマラソンで、2004年のアテネ五輪の女子マラソンでは熱中症で2割が棄権している。1984年のロサンゼルスオリンピックの時も、スイスのガブリエラ・アンデルセン選手が足元をふらつかせ、よろけながらスタジアムに入ってきた光景を見た人は多かっただろう。彼女は助けを借りず、よろけながらゴールした姿が今も目に焼きついている。(※)

環境省熱中症予防情報サイト「運動に関する指針」

環境省熱中症予防情報サイト「運動に関する指針」より

 日本の街がきれいになり、過ごしやすくなってきたのは、一般の人々が街の清潔さにも気を配るようになってきたからだろう。“貧すれば鈍す”というが、戦後の貧乏な時代は、他人のことや街の清潔さに目を配る余裕がなく、せいぜい自分の家の庭の手入れ位しか手がまわらなかったのだろう。

 しかし高度成長を経て豊かになってくると街のゴミだけでなく、街並みのセンスや建物は古くてもきちんと清められていると、そこに住む人や通行人までに品位を感じたりするものだ。

―京都会議から日本は先導役に―
 1997年の「気候変動枠組み条約第3回締約国会議・環境会議(COP3)」は、日本が議長国になって京都で開かれた。地球の温暖化が世界の気候変動に悪影響を及ぼしているので、世界全体で温暖化防止に立ち上がろうという気運から開かれたものだった。温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)、メタン、一酸化窒素、代替フロンなどがあるが、人間が出している8割近くは化石燃料の燃焼や森林伐採に伴う二酸化炭素の吸収力の弱体化が原因とされ、現在の大気中の濃度は過去80万年前になかった高水準にあるとされる。ちなみに日本の排出量は14億トンを超したという。

 温暖化による主要リスクとしては、海面上昇、高潮、食料不足、大都市の洪水、水不足、インフラの破壊と機能停止、漁業への被害、熱中症、生態系の破壊――などがあげられている。温暖化が引き起こす温室効果ガスの排出量は毎日1億トン以上。国連によると、19世紀後半の工業化以前に比べると0.6度上昇しており、このペースが続くと21世紀末には2.6度から4.8度上昇するという。もしそうなると食料不足や生物の大量絶滅、南極の氷の溶解による海面上昇、農作物の品質低下、熱中症による健康被害など様々な悪影響が予想される。

 このため、温暖化対策を決めた京都議定書(1997年)に続き、2020年以降の対策として2016年11月にパリ協定が締結されたのだ。

 パリ協定は京都議定書に続く温暖化対策を定めた国際協定で、京都議定書は2020年までの対策を決めているが、パリ協定は京都議定書に代わるものとして2020年以降の温暖化対策を決めている。京都議定書は採択から発効まで各国の利害調整などで7年の月日を要したが、パリ協定は1年弱でCOP21によって正式に採択された。

―今後は世界の温度上昇を2度以下に―
 パリ協定は、世界的な平均気温上昇を2度(出来れば1.5度)以下に抑えることで気候変動を抑えたいという狙いがある。世界の平均気温上昇を抑えるには、各国が削減目標を作り、その達成のために各国は国内対策をとることが義務付けられる。しかも排出国は削減目標を5年ごとに提出し更新することと、適応する長期目標の設定と各国の適応計画プロセスと行動の実施を求められている。

 これでCOP21の合意はほぼ終えたと世界が考えた途端、温室効果ガス排出量第二位(全体の15.8%)のアメリカ(1位は中国28.3%、日本は5位で3.6%)が6月1日、パリ協定離脱を表明したのである。世界から大きな非難の声があったものの、トランプ大統領は“アメリカ・ファースト”“オレ様第一”を唱え、今のところ聞く耳を持っていない。ただ、離脱には手続きが必要で、発効から3年後という決まりもあるので正式離脱は2020年11月になるとみられている。ちなみにアメリカは京都議定書も批准しなかった。

―パリ協定に出遅れた日本―
 一方、日本はパリ協定の採択は遅れるとみてTPP協定などを優先したため、パリ協定のルールづくりに参加できないという大失態を犯してしまった。京都議定書づくりでは議長国として汗をかいてきたのに、パリ協定ではルールづくりに乗り遅れ環境問題に熱心でない環境後進国と呼ばれる結果となったのだ。そればかりでなく批准が遅れたことでルールづくりに参加できず日本に不利益なルールに対して異議を唱えられない状態になってしまい、COP22の開催中にようやく批准にこぎつけた。

 温暖化対策として一時は原子力が効果的とされたが、3.11の原子力事故以来、世界から原子力依存に批判の声があがり、いまや再生可能エネルギー(太陽光、風力、地熱などの自然エネルギー)の効率的活用に注目が集まっている。

 パリ協定には170カ国が批准。アメリカは離脱したものの、グローバル企業のアップルやマイクロソフトなどのように、事業に使うエネルギー全てを再生エネルギーで賄う企業連合「RE100」への加盟の動きも広がっている。また、最大排出国の中国も発電を石炭から太陽光などに転換し、100基単位の石炭火力発電所を閉鎖することも検討しているという。2014年の発電量は石炭が73%を占めたが、30年は51%、40年は43%に減少させたいとしている。

 日本は電源構成を当初、原子力を50%強とし温暖化対策を考えていたが、3.11以後20~22%に減らし、再生エネルギーを23~24%まで引き上げたいとしている。また、アメリカがパリ協定を脱退したことを受けて「欧州がアメリカの代わりになる」とドイツのメルケル首相、フランスのマクロン大統領が宣言し、先導役を担うことを約束した。一方、アメリカはパリ協定から離脱したが、アメリカ企業は次々と参加を約束している。

 いまや環境を大事にする企業姿勢を示さないと消費者、国民からそっぽを向けられる時代になってきたのだ。
TSR情報 2017年11月30日】

画像:公害の画像は東京都環境局サイト内「東京の公害」より

(※)アンデルセン選手の動画