時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

戦争を考える1冊 ウズベキスタンでの抑留 ナボイ劇場建設秘話「日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた」

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スタッフからのお知らせです。

戦後73年目の夏を迎えました。本ブログでは折に触れてご紹介しておりますが、戦後70年を迎えた2015年9月末に嶌はソ連(当時)によって満州からウズベキスタンに送られ、タシケント市でオペラハウス「ナボイ劇場」の建設に携わられた航空工兵457名の方々の秘話「日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた」を角川書店より上梓しました。

親日の象徴
本書の舞台であるナボイ劇場は、1966年4月26日にウズベキスタンタシケント震源とした大地震が発生したにもかかわらず倒壊しなかったことや、建設中の日本人の勤勉な仕事ぶりが代々語り継がれることによってウズベキスタンのみならず中央アジア親日国となった象徴の一つです。時折テレビ番組でこの話が取り上げられているので、近年は日本でもこの物語が広く知られるようになってきました。

ウズベキスタンは、世界遺産となっている建物も多く、隆盛を極めたシルクロードが当時のまま現存しており日本のみならずヨーロッパからの観光客が多くにぎわっています。

日本ウズベキスタン協会発足
実際に建設に携わられた方々の多くは鬼籍に入られ、昨年8月に放送されたテレビ東京「世界ナゼそこに?日本人~知られざる波瀾万丈伝~」にて当時のことを語られていた岩佐荘平様も今年93歳でご逝去されました。

嶌が日本ウズベキスタン協会を設立したきっかけは、元大蔵省財務官でその後アジア開発銀行の総裁となられた故千野忠男様がウズベキスタン独立後の国づくりに感銘を受け、メディアの力で世の中に知らせてほしいというご依頼でした。その願いをくみ取り、TBS「報道特集」に嶌が持ち込み、実際にウズベキスタンを取材する運びとなりました。この取材によってナボイ劇場が終戦時に満州から連行された日本人捕虜が、ウズベク人と共に建設した話を知り驚きました。

実際に放送したところ反響が凄まじく、本書の主人公である永田行夫隊長ら実際にナボイ劇場建設に携わられた方々の戦友会「第四ラーゲル会」の方々と共に上映会を行なったことが日本ウズベキスタン協会発足のきっかけとなりました。

本書誕生のきっかけ
嶌は協会発足後、第四ラーゲル会の方々にイベントで当時のことを語っていただいたり、個別に取材しておりました。さらに、当時のことを手記として寄せていただき冊子「追憶 ナボイ劇場建設の記録ーシルクロードに生まれた日本人伝説ー」として2004年5月に発行し、協会のイベント等で販売しておりました。(現在は発売しておりません)

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本書は嶌が10年以上にわたり取材、調査し、実話のノンフィクションとするため、何度か挫折しながらも書き上げた思い入れのある本です。取材時に伺った内容、付随資料やこの冊子をもとに、原稿を書き始め戦後70年目の節目の年に本書を上梓しました。

3年年近く経てもなお、今だに感想を寄せて下さる方もおり、この場を借りて感謝申し上げます。

満州抑留兵のもう一つの秘話
シベリア抑留の悲劇に隠れ、ウズベクのオペラハウス建設の秘話は日本人にほとんど知られていませんでした。ナボイ劇場の裏手に行くと「この劇場は日本人が建設し、完成に貢献した」という碑文があり、これを読んだ日本人は皆涙します。またウズベクの方々が毎週日本人墓地を掃除してくれています。

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ぜひ若き日本の抑留者たちの労苦と協力・和の精神が中央アジア全体に多くの親日国を作ったことにつながったことを知って頂き、満州抑留兵のもうひとつの秘話を広めて欲しいと思っています。 日本人論を再考し、感涙の一冊としてもぜひ多くの皆様にご紹介いただければ幸いです。

なお、新宿の平和祈念展示資料館では連日夏休みイベントとして「いまこそ知りたい、戦争のこと」が行なわれ、語り部の方や戦争体験を描いた映画の上映も行なわれています。また、9月4日から山口県長門市香月泰男美術館と連携した平和祈念交流展「シベリアの記憶 家族への情愛~香月泰男展」が行なわれる予定です。入場無料となっておりますので、こちらにもぜひ足を運んで頂けると幸いです。