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自由香港の終焉

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 香港は不思議な都市だった。中国の領土でありながら、社会主義体制ではなく、自由な都市として存在し続けてきたからだ。人口は745万人、面積は1106㎢と小さいながら、アジアで1、2位を誇る国際金融都市として異彩を放ってきた。中国本土からすれば西側自由主義国に向けた窓口のような存在で、中国は西側との貿易、金融取引のほか西側の制度や慣行などを全面的に認め利用してきた特殊な地域だった。

 それはイギリスから中国に香港が返還された時の中英共同宣言(1984年)で、香港に限り高度な自治を認める特別の"一国二制度"を合意していたためだった。社会制度は97年の返還から50年間は不変(2047年まで)と国際公約していた。それが習近平政権になってから香港の自由化を規制する圧力が強まり、特に2019年に容疑者を中国に引き渡す「逃亡犯条例」を巡っては香港住民の反対大デモで条例が撤回される事件まで起こっていた。

 ところが中国政府は今回、全国人民代表大会(国会)で言論や報道の自由、デモ・集会の自由を制限し、違反した場合は国家分裂、政府転覆、テロ活動、外国勢力との結託など四犯罪を問う「香港国家安全維持法(国安法)」を一挙に成立させたのである。最高刑は終身刑。取締りのため中国政府の出先機関が設置され司法、立法、行政の三権にわたり統制を強化して当局への批判的言動はネット上の個人のやり取りも監視するという。

 習近平政権は、ここ1、2年で自信を強めてきたせいか、強権主義が目立つようになってきた。香港への弾圧だけでなく、日本への領海侵犯事件を起こしたり、インド洋の支配権を巡って対立も引き起こしたりしている。何よりもアジア太平洋の覇権を巡ってアメリカとの対立が年々強まってきていることだろう。かつては中国がアジア・太平洋に進出してくるなどということは考えにくかったが、海軍、空軍の力を蓄積してきたほか、関係諸国に巨額の融資、援助を行なう見返りに軍港などの使用権を確保するなどして太平洋、インド洋の支配権に着々と布石を打ってきているのだ。今回の国安法の成立と施行は、もはや一国二制度の存在を認めない中国の強権、強国路線の具体化の意味が強く、施行日に行なわれた1万人の抗議デモに対しても370人を逮捕して妥協的姿勢をみせなかった。

 中国の強権路線に対し、アメリカは、香港への優遇措置を撤廃する対抗措置をみせている。ただアジア太平洋、インド洋諸国は中国との貿易、援助に依存する国が多く、対応に苦慮する国も多い。米中の対立が強まり、日本の生き方もそう簡単ではなくなっている。
【財界 2020年8月5日 第523回】

■参考情報
・香港行政長官、三権分立を否定 国家安全法で統制強化 「今から誤り正す」(毎日新聞 2020年9月2日)
  香港政府の林鄭月娥行政長官は1日、定例記者会見で「香港は三権分立ではない」と明言し、行政が立法、司法を上回る権力として主導する体制だと指摘した。中国の習近平指導部は、三権分立などを「西側民主主義」として拒絶しており、香港でも国家安全維持法(国安法)により統制を強めた形だ。
 https://mainichi.jp/articles/20200902/k00/00m/030/101000c


・グーグルとFB、香港とのケーブル接続計画を撤回 中国の情報収集を懸念(2020年9月1日 BBC
 米グーグルとフェイスブックはこのほど、カリフォルニア州ロサンゼルスと香港を結ぶ海底データ・ケーブル計画を取り下げた。中国がこのデータ・ケーブルから情報を盗む可能性があると、米政府が懸念を示したことを受けたもの。
https://www.bbc.com/japanese/53980674

 

画像:flickr 波記338 Leung Hong Kong

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