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大学発ベンチャーに注目を イノベーション成長戦略の宝庫?

 安倍政権は、2020年の東京オリンピック招致にも成功し、今のところ順調に動いている。ただ、今後の日本を成長軌道に乗せられるかどうかは、これからが正念場だろう。

 

 安倍政権の経済政策は“三本の矢”から成っている。第一は異次元の金融緩和方針で、これについては黒田・新日銀総裁が大胆な金融緩和方針を打ち出し、実行に移したから効果がすぐ表れた。日経平均株価7,000円台から14,000円台とほぼ倍増し、ちょっとした株式ブームをおこした。また為替も一時の80円前後の円高から100円前後にまで円安となり、経済界はホッとひと息をついている。 

 

――“第一の矢”は成功か――

 しかし、円安・株高ブームで街角景気のムードは少し明るくなったが、オリンピック招致が決まっても株価は15,000円台を突破できないで停滞している。証券界などは来年1月からスタートするNISA(少額投資非課税制度)を大宣伝し、何とかもう一段上昇できないかと期待しているようだ。

 

 第一の矢で株価上昇、円安が進行したのは、主として外国人投資家が日本市場を見直したからだ。これまでの日本市場は、面白味がなく世界の機関投資家から軽視、無視され続けてきた。そこへ黒田総裁と安倍政権が従来にない大胆な金融緩和策を実行したことと、同時期の世界市場が沈滞していたから、日本の政策が目に留まり大挙して日本投資に走りブームをおこしたのだ。

 

 しかし、この外国人投資も株価15,000円、為替1ドル=100円まで来ると、「もう儲けは出た」とみたのか、一時の勢いは止んでしまった。株価が上昇し続けているのを見た日本の投資家も恐々ついてきていたが、外国人投資家の勢いが止まるとまた慎重になってしまったようだ。黒田日銀総裁は「金融だけで景気をよくすることはできないし、株などの上昇も持続させられない。やはり財政や民間経済の活力が出て来ないとダメだ」と言っている。

 

――財政健全化と刺激はまだ道半ばに達せず――

 第二の矢は財政の出動と財政の健全化政策だ。安倍首相は2014年度から消費税を今の5%から8%に上げることを決断したようで、国際社会による日本の財政赤字問題への懸念は一時的に治まるだろう。ただ消費税をあげると景気が落ち込む心配があり、その点はマイナス要因となる。このため、消費税増税と同時に、法人税減税と住民税の非課税世帯(いわゆる低所得層)に一人当たり原則として1万円を配り年金受給者には5,000円を上乗せする案を検討中だ。また法人税引き下げにあたっては設備投資や従業員の賃上げも要請し、減税分を企業が溜め込まず、景気上昇や消費の拡大につながるよう狙っている。

 

ただ、企業がそうした政策に同調するかどうかはわからない。かつての消費税導入、アップの時は景気後退が現実になっただけに、せっかく順調に景気がよくなりつつある現状を腰折れさせないキメ細かな対策やアナウンスが大事だろう。

 

――消費税増税は今しかない――

 私は消費税をあげるなら今しかないと考える。景気や株、円安の状態などをみると、「今やらなくていつやるのか」ということになろう。今後の日本を考えると、かつてのように法人税収や所得税収など直接税が増えることはあまり望めない。消費税導入の起源は、もともとそうした将来を予測して“直間比率”(直接税の比率を下げ間接税を増やす)の見直しという大義から始まっている議論だ。年間の社会保障関係費が1兆円も増え続け、国債の利払いも今の税収入ではまかないきれなくなるようでは、いま日本の財政にある種の決断をしなければ、日本国債への国際的信用はガタ落ちする懸念もあるからだ。

 

まもなく国債の発行残高が日本人の個人貯蓄を上回ることになれば、日本国債への日本人の信認も落ちて来よう。やはり、消費増税と社会保障の一体改革をきちんと政策論議に乗せて国民の理解を得るべきだろう。

 

――問題は“第三の矢”が実るかどうか――

 アベノミクスの中で、もっとも期待されているものの、中身がパッとしないのが、第三の矢である。民間活力を生かし、イノベーションを起こして新次元の経済をつくるとしているが、今出ているのは相も変わらず規制緩和や特区構想などばかりでパッとしない。

 

 アメリカは1970年代半ば頃からやはり“失われた20年”の時代が続いたが、90年代に入りITやバイオ、エネルギーなどで蘇ってきた。いま世界を引っ張っているのはアップル、マイクロソフト、グーグル、フェイスブックなどのIT企業で、関連産業も急速に拡大している。またバイオ産業も今後の医療、福祉などに欠かせずアメリカがリードしているし、エネルギーではシェールガス・オイル革命で、石油時代・中東時代の終焉を告げ始めているかのようだ。

 

 日本もこうした技術でアメリカに劣っていたわけではない。構想力が乏しくベンチャー精神に欠け、大企業病にかかっていたように見える。戦後の日本の高度成長を引っ張ったのは自動車、家電を二本柱とする民間の活力だった。そしてソニーもホンダもトヨタも松下などもベンチャーだったのだ。

 

今は大企業になってしまったそれらの重厚長大産業や家電メーカーなどが立ち直ることを期待しているが、“第三の矢”では、既存の大企業の復活を期待するだけでなく、未来を切り開く産業の育成にもっと力をいれたらどうか。その芽は、案外“大学発ベンチャー” にあるような気がする。

 

――大学発ベンチャーから金の卵を探そう――

 日本経済研究所の調査によると、2010年に事業活動を行っている大学発ベンチャーの総数は約2,000社にのぼっている。このうち大学でうまれた研究成果をもとに起業したベンチャーは約1,150社、大学と共同研究したり大学から技術移転をうけた企業数は約300社、大学と深い関係のある学生ベンチャーが28社、大学から出資があるなどの関連ベンチャーは約100社に達している。

 

 事業分野としてバイオ、ITソフト、機械・装置、素材・材料、環境などが目立つ。大学別では設立のトップ10をみると東大(125社)、筑波(76社)、大阪大学75社)、早稲田(74社)、京大(64社)、東北大(57社)、東工大57社)、九州大(55社)、慶応(51社)、九州工業大(45社)――などとなっている。

 

 大学発ベンチャー制度は2001年に創設され、産・学・官の積極的な支援で資金、人材、技術、販路などを開拓していくことが期待され、当初は「大学発ベンチャー1,000社計画」と銘打たれたが、2003年度末には1,000社計画を達成している。

 

 これらの中にはすでに15社が上場しており、社会的公益を企業理念としているところも少なくない。筑波大のロボット介護スーツや北海道大のGPSを利用した無人農業機械、藻から食品やエネルギーを作り出すユーグレナ(いずれも以前にこの欄で紹介)など大学、大企業の協力で立ち上げ、実績をあげているところも少なくない。

 

 日本はベンチャーが育ちにくいといわれるが、技術、人材、マーケティング、資産などの面で支援すれば大化けするところもあるに違いない。

 

 第三の矢では日本の大学発ベンチャーを中心にベンチャー発掘につとめ、未来の産業に育てる努力もしたらどうか。現在の大学発の売上げはまだ3,000億円、波及効果を考えても1兆円に満たないが、新しい芽を育てないと未来はあるまい。【TSR情報 2013年9月27日号】

 

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