ドイツ首相のメルケルが本気で怒った。キリスト教民主同盟(CDU)の初の女性党首を務めること14年、首相になって8年がたち、つい最近3選目をはたして今や世界中が認める欧州・EUのリーダーだ。怒りをぶつけた相手はオバマ大統領率いるアメリカ。オバマ大統領はあれこれ言い訳をしているが、オランド仏大統領らもメルケルに同調しておりアメリカの分は、どうみても悪い。
何とアメリカの国家安全保障局(NSA)がメルケルの個人携帯電話を数年間にわたり盗聴していたというのだ。メルケルだけでなく世界の重要人物35人の携帯やメールも監視していたようだ。メルケルは冷戦崩壊の1989年まで東ドイツで暮らしていたが、当時の東独の人々は秘密警察の監視下におかれ、友人や親族による密告も普通だった。メルケルが「同盟国によるスパイ行為」となじったのは、かつての自らの不快な体験を思い出させたからだろう。メルケルは「世界でもっともタフで鋭く、そして慎重な人物」(フィナンシャル・タイムズ紙)とされ、EU全体の命運を握るリーダーだけに、さすがのアメリカもうろたえ気味だ。
メルケルと並んでEUを仕切る女性は、IMF(国際通貨基金)トップのラガルド専務理事だろう。彼女の人生は波乱に満ちている。10代で父を亡くし、母親の手で育てられた。高校はフランスからアメリカへ留学したが、最初は英語で苦労したという。政治、行政をめざしたものの登竜門のENA(国立行政学院)の受験に失敗。弁護士の道へ転進し40代で3500人を率いる法律事務所の会長となる。その後2005年に時のシラク大統領から請われて政界入りした。49歳の遅咲きだった。
二度の離婚経験、子供を託児所に預けて育てる経験をしつつ、一方でシンクロの選手として活躍したことも。白い髪の毛とおシャレなセンスも有名だ。対外貿易相を経てリーマン・ショック時には財務相をつとめていた。挫折や金融危機の試練を乗り越えてきた今は、ユーロ危機をどう乗り切るか、と世界の金融界からもっとも注目を集める人物だ。
バーナンキ米FRB議長の後を来年2月から引き受けるのはイエレン女史だ。エール大学で博士号を取得し、ハーバードとカリフォルニア大で教鞭をとった後、クリントン政権時代に経済諮問委員長、さらにサンフランシスコ連銀総裁を経て現在はFRB副議長。夫のジョージ・アカロフ氏はノーベル賞受賞者というスーパーエリートの夫婦である。物静かな学究肌の女史として知られているが、リーマンショック以前に不動産バブルの到来に警鐘を鳴らすなど、その先読みの才能にも定評がある。
冷静で慎重に判断を下す肝の坐った〝鉄のお母さん〟メルケル、美人で柔和に見えるが挫折も経験している〝芯の強い〟ラガルド。バーナンキやサマーズ元財務長官などの陰にいて地味な存在だったが、突然脚光を浴びる存在となった先見の明にすぐれるイエレンFRB議長候補。世界の金融と経済はこの3人のドイツ、フランス、アメリカの女性の掌中にある。【財界 2013年12月3日号 第364回】