農業で勝てる――自由化のカベ乗り越えて 製造業も保護主義脱して強くなった
いま農業が追い風に乗っている。この機会に国をあげて風をつかみとり“農業大国・日本”の評判を築けるのか、逆にまた国内でモタモタしてチャンスを逃すのか――ここはひとつ腰を据えて“農業の日本”という新しいブランドを国際社会に名乗りあげたらどうだろうか。
農業に追い風が吹いている兆候はこのところ相次いでいる。
ひとつは、何といっても和食がユネスコの無形文化遺産に登録されたことだ。和食とは「日本人の伝統的食文化」のこととされている。すでにフランス料理、地中海料理、メキシコ料理、トルコ料理などが登録されているようだ。
中華料理、韓国料理、ロシア料理、北欧料理などの名がないのは不思議だが、そんなことはどうでもよい。とにかく今は和食が世界で大ブームとなっており、農水省の推計によれば2013年3月時点で日本食レストランは世界に5万5,000店もある人気料理となっていることが重要なのだ。
もともと日本食は世界保健機構(WHO)から世界でもっとも栄養バランスのとれた料理とされていたし、日本人には外国人ほど肥満が多くないことを評価されていた。
――和食と素材の総合評価高まる――
今回の登録では、健康食というだけでなく「多様で新鮮な食材とその味」「自然の美しさや季節の移ろいの表現(美的センス)」「年中行事との密接な関わり」なども評価されたという。
日本人としては、その繊細な味つけや器にまでこだわる美的センス、健康的で安心できる多種多彩な食材(コメ、野菜、肉、魚介、果物など)のほか出汁(ダシ)のすごさ、郷土料理の多さ、味覚(日本人は西洋人に比べ2~3つ多い7つの味覚をもつとされる)の鋭さ、料理法の種類の多さなど、どれをとっても他国料理に比べ群を抜いているだろう。
和食の素晴らしさは、何といってもまず第一に食材の豊かさだ。北海道から沖縄まで縦長の特色ある地域風土と自然に恵まれ、水や気候の素晴らしさも手伝って実に多種多様な食材、地域の研究心の高さなどから次々と進化した食材を生み出しているのだ。
主食のコメはもちろんソバ、ウドン、パンなども地域の特色があり実に味わい深い。魚介は暖流と寒流がぶつかる北陸や太平洋、各地域の沿海で季節ごとの名産がとれ、野菜と果物も各地の篤農家や研究所によって次々と新しい味の農産物が作り出されている。また畜産も和牛や豚、ニワトリをはじめ、さまざまな肉が供され、和牛は今や世界一うまい牛肉となったのではないか。生魚が嫌いだった欧米人もスシの旨さに舌を巻き今や世界中で好まれている。
――輸出額史上最高、2~3年で1兆円へ――
こうした人気から、2013年の農林水産物・食品の輸出額は前年比22.4%増の5,506億円と過去最高になった。このうち農産物は17%増の3,137億円、水産物は30.5%増の2,217億円だった。日本食が広まれば、当然ながら日本酒などの輸出も増え、17.6%増の105億円と初めて100億円を突破、日本酒メーカーは「日本酒の人気は高まっており、むしろこれからが本番」と力を入れるところが増えているのだ。
輸出統計をみていて面白いのは、輸出先も多様で広がっていることだ。1位は香港の1,250億円で、2位はASEANの1,006億円、次いで北米896億円、台湾735億円と続き中国、韓国、欧州も300億円を優に超えている。要は日本食と日本食材のブームは世界中に広まっているということなのだ。
――輸出先も多様、オリンピックをステップに――
こうした追い風の流れを見てか、政府は昨年まとめた「日本再興戦略」の中で2020年には日本の農林水産物・食品輸出額を1兆円に倍増する目標を打ち出した。レトルト食品など加工食品を約4倍の5,000億円、水産物を2倍の3,500億円、コメや日本酒は5倍の600億円にするという内容だ。
2020年といえば約6年後の東京オリンピックが開催される年だ。このオリンピックをめざす準備とともに日本の和食、食材、加工品の素晴らしさを大きな二つの柱として国際的にもっとアピールする戦略をたてるべきではないか。和食ブームに安住するのではなく、輸出額を増やす農産物、水産・畜産物、加工品の輸出戦略をたてる必要があろう。
輸出を具体的に担うのは、生産者と企業。その両方とも日本の技術や研究はとどまるところを知らないほど進化しており、今後も世界の先頭を走っていけるだろう。しかも、これからの成長センター・アジア太平洋地域の中間層人口が増大し続けていることも強みである。
現在の中間層(所得5,000ドル~3万5,000ドル)人口はアジアで8億8,000万人、うち4億人強が中国だ。この中間層が2030年には20億人に増えると予想されている(経済産業省では2010年の中間層14億6,000万人、2020年23億人と推測)。
大体、世帯収入が5,000ドルを超えると洗濯機や冷蔵庫など白物家電の保有率が上昇し、7,000ドル以上になると自動車をローンで買う人が急増、高級品の購入が盛んになるのは1万ドルを超えた時期で、タイのバンコクはこの水準に達しつつあるという(日本でいうと1960年代末から1970年代が自動車時代の始まり)。
――アジア中間層がターゲットに――
中間層上位になると、家電や車だけでなく外食や旅行、観光、医療、保険などサービスへの関心が高まり、食についても「安全で安心、新鮮な食材、おいしいもの」が欲しくなってくるのだ。中国の沿岸部や東南アジアの中間層上位、富裕層は、まさに日本の安全でおいしい食材、加工品を求めているのである。
こうした市場を攻略するには、戦略やマーケティング、国の方針が大事になってくる。ただ、ブームに乗ってはしゃいでいるだけだと一過性のものに終わってしまう。
国内戦略としては農業のあり方を見直すことだろう。日本の農政は一律バラまき予算方式が続いており、農業の対外競争力を強めてきたとは言い難い。今後の日本の少子高齢化、特に農・水産業の高齢化を考えると、大規模化政策と小規模農業の維持をはっきり分けた農政に転換すべきではないか。
専業農家として自立をするには少なくとも3~4ヘクタールの農地が必要とされるが、1ヘクタール未満の農家は58.4%(2005年)、農政の対象となる「農家」として扱わない非農家(0.5ヘクタール以下、年間販売額15万円以下)が120万戸で専業農家は44万戸(1960年は208万戸あった)しかないのだ。農業従事者も224万人(2005年)のうち40%が70歳以上。65歳以上になると58%に達する。こうした構造を改めない限り日本は農業大国になれない。
私は、まず大規模化を進めざるを得ないと思う。
少なくとも20ヘクタール以上の耕地に集約化する。できれば100ヘクタール以上とし、年収が数百万円から1,000万円以上にならないと農業後継者はでてこないだろう。大規模化するにあたっては企業化し、耕作地を小・中農家から買うか賃貸してもらい、小・中農家の希望者は社員化して、農産物の二次産業化、三次(流通化)化をはかり、いわゆる6次産業をめざす。また無人の耕運機、種まき機、コンバインなどで若者がパソコンで機械を動かせるようにする。
農機具にGPS機能をもった装置をつければ、5~10cm幅の耕運ができるし、天候にかかわらず家の中でも操作できるのだ。受信システムは300万円程度、オペレーターは年間200万円程度なので大型トラクター1,000万円は2年間で償却できるといい、小・中規模農家にも30馬力位の機械なら十分にできると見込まれる。
――農業予算のつけ方を一新すべき――
また農業予算のつけ方も一律バラまきをやめ、山間僻地の悪い条件の農家や新しい産品や付加価値の高い農作物、環境に効果のある農業などを実践している農家には補助金をつけるが、たんなる自家消費やおすそ分け程度の農業には高い予算をつけないことだ。また小・中規模農家が集まって農業生産法人をつくり、6次産業化をめざす生産農家は支援する。いわば小規模、中規模、農業生産法人や農業企業とその6次産業化をめざす農業のそれぞれの道にあった支援や予算配分を行い、地方から農業と農業の6次産業化をおこし地域を守っていくように方策をたてられないかと思う。
もうひとつ、やはり自由化の促進だろう。日本農産物が世界で売れるようになれば、当然日本農業も自由化しなくてはなるまい。日本の製造業は1960年代末から徐々に自由化していったが、それは日本の工業製品の輸出が増えていったからだ。自国を保護主義下において輸出だけ増やすことはできない。日本は1970年代に、保護するより輸出に力を入れた方が国会体として得策とみて、徐々に保護政策から自由化政策に変え、輸出立国を構築していったのである。
今の日本農業も保護から輸出への転換点にきているのではなかろうか。国・自治体の政策と民間の力をあわせながら農業大国への見取り図を描く時代に来たと思われる。
――原発事故の早期収束もカギに――
もうひとつ忘れてならないことは、原発事故の後始末と今後の原発政策だろう。日本の農産物輸出のまだ障害となっているのは、原発事故後の風評被害だ。輸入停止、制限を続けている国は中国、香港を始め、まだ40カ国もある。やはり東京オリンピックまでに今日の福島問題を一刻も早く、全力をあげて解決することだろう。
オリンピック開催時に全世界からきた人々に「やはり日本の食は安全・安心でき、おいしくて素晴らしい」と言われるようになる農業輸出の工程と政策を作っておくことだろう。
【TSR情報 2014年2月25日号】