またもイラクが危機的な状況に陥り、原油価格の高騰が止まらない。今回のイラク危機は、アメリカ連合対独裁政権・フセインのような戦いではなく、中東内部の宗教対立とそこに絡むアルカイダ系の過激派グループの動きだ。国連もアメリカも介入に消極的で、世界が傍観している間に石油価格は史上最高値に迫り、日本経済にまで影響を及ぼし始めている。
チュニジアから始まった”アラブの春”、民主化運動はエジプトなど中東各国に広がったが、シリアのアサド政権が土俵際でしのぎ、さらに盛り返し始めてからすっかり様相が変わってきた。当初の独裁政権打倒・民主化闘争からイスラムの宗派権力闘争へとねじれ、さらには過激派組織の国家建設、クルド族の共和国宣言、資金源となる油田・製油所の争奪戦にまで広がっているのだ。
中東のイスラム教は大きく分けるとシーア派教徒の多いイランとイラク、スンニ派が権力を握るシリア、サウジアラビア、アラブ首長国連邦などとなっていた。ただ故フセイン独裁政権時代のイラクは、少数派のスンニ派が支配し、シーア派やクルド族は差別されていた。イラク戦争でアメリカにフセイン政権が打倒されてからは多数派のシーア派が政権を握り、フセイン時代に敵対していた同じシーア派のイランとも歩み寄り始めている。
一方シリアは民主化の波が押し寄せ、アサド独裁政権の崩壊は時間の問題と思われた。ところが市民軍には組織だった司令塔がなく、欧米の支援も武器や食糧だけで兵力の投入はなく、逆にアサド軍は化学兵器や空爆などで勢いを盛り返し一進一退の状況が続いたままとなっているのだ。
そこへ目をつけたアルカイダ系などのテロ組織が介入、宗教対立で混乱するイラクにまで進出して「イラク・シリアイスラム連合(ISIS)」を結成。さらに最近になってイラク・シリアにまたがる「イスラム国」の樹立を宣言し、イラクのマリキ政権の統治が機能不全になってきた。慌てたマリキ首相は「スンニ派がISISと戦うなら、恩赦を与える」と演説したが効果があるかどうか。逆にイスラム国の動きに刺激されて少数派部族としてアラブ内では常に痛めつけられてきた北部のクルド族(実はイラン、トルコにも少数民族として存在し、3ヵ国のクルド族を合計すると3千万人に達し世界最大の少数民族とされる)が独立の動きを強めているのだ。クルド族の支配地域にはイラク最大のキルクーク油田があるだけに世界も神経をとがらせている。
中東は”アラブの春”以降、民主化が進むとみられたものの、エジプトで軍部がクーデターを起こすなど揺り戻しも目立っている。さらにシーア派で軍事力も強大なイランがイラクのシーア派教徒救済を掲げて介入してくると、アラブはシーア派対スンニ派(多くはアラブ産油国)の対立に加えISISのイスラム国建設、クルド族独立、エジプトなど北アフリカの独裁政権返り咲き――と一挙に混迷化、複雑化し周囲の湾岸諸国にまで紛争やテロ組織の勢力拡大が波及しかねない状況だ。
そこで注目されているのがアメリカの出方だ。今のところオバマ政権は事態の悪化とイスラエルの孤立を懸念しながらも紛争地域からのアメリカ軍撤退の方針を変えていない。第一次、第二次大戦、朝鮮、ベトナム、中米、そして湾岸、イラク戦争とアメリカは戦争疲れしており、国民も厭戦気分に満ちている。”弱いオバマ”といわれるがアメリカ人の気持ちは、無駄な戦費を使い国民が犠牲になるのはもうゴメンだというのが本音なのではないか。「無人爆撃機や無人戦車の支援は考える」というオバマの言葉にアメリカのジレンマがにじみ出ている。石油価格の動乱はまだ当分治まるまい。
【電気新聞 2014年7月16日】