日本とイスラムを結ぶ中央アジア?
安倍首相夫妻と日本企業など約50社が中央アジア5ヵ国を訪問し10月28日に帰国した。小泉元首相は9年前にカザフスタンとウズベキスタンを訪問したが、それ以来の首相訪問で5ヵ国全てをまわったのは現役の首相としては初めてのことだ。
※画像はウズベキスタンにて放送された映像より、安倍首相とカリモフ大統領
中央アジアは15世紀までは世界の貿易路の主要道路でそれがシルクロードだった。ローマと長安を結ぶシルクロードは東西文明を結ぶ交易路であり、文明の交差点でもある。紀元前にはアレキサンダー大王(ギリシャ・マケドニア)がサマルカンドを拠点にし、トルコ、ペルシャ、蒙古、中国、インド、ロシアなどでも中央アジアの争奪戦が行なわれた地域なのだ。16世紀の大航海時代、20世紀の飛行機の時代、21世紀の宇宙の時代となってすっかり古色蒼然とした地域とみられがちだが、日本の縄文・弥生時代からある街並やモスクは世界遺産として今も人気だ。
※嶌が昨年訪れたウズベキスタンに現在も残る昔からのシルクロード
中央アジアはいま、アメリカ、ロシア、中国、EU、インドなどが注目している地域でもある。資源、金、果物、野菜が豊富で、しかもイスラムの国だ。といっても柔軟なイスラムの国でお酒も一般的にはOKだし、何より圧倒的な親日国が多い。モンゴルが北朝鮮との仲介役をを果たしてくれたことにより、昨年3月に横田さん夫妻が孫であるめぐみさんと朝鮮人との間に生まれたキム・ウンギョンさんとの面会などを実現することが出来た。
近いうちにイスラム人口はキリスト教人口を追い抜くといわれ、イスラムを知ることは日本にとって重要になってきている。そんな折中央アジアに親日のイスラムの国があることは日本にとって極めて有益なことだ。その背景には満州からシベリア抑留された方々の勤勉な労働があったからだと思われる。特に中央アジアのウズベキスタン・タシケント(当時はソ連領)に派遣された450人余の日本人捕虜が現地のウズベク人と共にロシア革命30周年までに旧ソ連の4大オペラハウスの一つとなるビザンチン様式のオペラハウス「ナボイ劇場」の完成を命じられ、期限までに完成させたことは大きい。1966年4月の大地震でタシケント市が全壊した時、ナボイ劇場だけは凛として悠然と建ち続け大地震でもビクともしなかったことから、いまなお、ウズベキスタンの誇りとなり、親日の象徴としても良く知られている。そのことを私はノンフィクションとして「日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた」(角川書店)に記した。シルクロードには日本人伝説が受け継がれているのである。
※ナボイ劇場正面
安倍昭恵さんは最近フェイスブックに私の本の事も紹介してくれ、安倍首相はナボイ劇場横で日本人捕虜の抑留者資料館を作り数十年にわたり紹介してきたウズベク人のジャリル・スルタノフさんを日本に招待することを伝えたという。こうした気持ちの入った交流が日本とウズベク、イスラム圏とのつながりに大いに役立つことと思う。
経済交流だけでなく人間的なつながりこそ末長く歴史に残り、いざという時に役立ってくるのだ。日本のメディアは安倍首相一行の中央アジア方面をあまり大きく取り上げなかったが、その意味でもっと深い歴史的な意味や将来への布石も考えた報告をしてもらいたいものだ。
ぜひ安倍さんのフェイスブックと私のノンフクションをお読みいただけると幸いです。日本人が苦闘して残した遺産(レジェンド)がよく伝わると思います。