サミット崩壊の危機 アメリカファーストで世界秩序混乱
1975年から40年余にわたって世界の貿易秩序を支えてきた先進国首脳会議(サミット)が崩壊の危機に直面している。危機に陥れているのは、「アメリカ第一」を唱えるトランプ米大統領である。トランプ大統領はサミットが始まる前からアメリカの巨額な貿易赤字に不満を言い募り、多国間の協議を続けてもうラチがあかないとし、二国間の協議で赤字解消を図りたいと言い続けてきた。二国間交渉に持ち込んだらトランプ氏が得意とする二国間のディール(取引)で成功させるという目論見があったのだろう。
今年のサミットは、トルドー・カナダ首相の下でカナダのシャルルボワで開催された。アメリカがEUやカナダへの高関税措置に踏み切った直後に開かれ、通商問題やイランへの経済制裁のほか、トランプ氏が開幕日の朝に突如持ち出したロシアのサミット再加入の是非も議論となった。
議論はアメリカと他の6カ国の激しい対立となったが、最終的にトランプ氏も折れて首脳宣言を出すことで合意し、何とかサミットの分裂は避けられるかと思われた。ところが、サミット終了後の記者会見で議長国のトルドー首相が、「サミットは首脳宣言を出して成功したが、アメリカによる高関税宣言に関してはカナダを侮辱するものだ」と批判もつけ加えた。
トランプ大統領はサミットに遅れて参加し米朝首脳会議のためサミットを早退してシンガポールへ向っていた。その途中でトルドー発言を聞いて「会議中は従順に聞いていたのに私がいなくなった途端に“侮辱”だというのは弱虫で不誠実だ」とツイッターで批判。首脳宣言は承認しないと表明したのである。トランプ氏のサミット出席は今回が2回目。しかし既に鉄鋼やアルミへの追加関税の発動を表明したり、TPPやパリ協定からの離脱を決めるなど当初から他の6カ国と立場を異にする主張を繰り広げていた。
それでも首脳宣言では、
1.ルールに基づく貿易制度の役割を確認し、保護主義との闘いを続ける
2.ロシアのクリミア半島の併合を非難
3.北朝鮮に全ての大量破壊兵器、弾道ミサイルの完全で検証可能、かつ不可逆的な廃棄を引き続き求める(CVID)
4.不適切な知的財産権の保護に対処する
――などを確認、アメリカが離脱したパリ協定に対してはアメリカを除く6カ国が野心的な温暖化対策により、パリ協定をやり遂げる強い約束を再確認すると明記してアメリカ抜きでも温暖化対策を進めることを誓った。
サミットは、1973年の第一次石油危機で世界経済が深刻化し、これを放置すると各国が身勝手に動き、再び世界大戦を招くような事態を生じさせるようなことになるかもしれないという危機感から先進6カ国が集ってスタートし、1976年のプエルトリコ・サミットからはカナダが加わった。1975年11月の第1回のランブイエサミット開始以来、毎年開催され、世界経済の危機問題だけでなく、冷戦や環境、世界不況など、その時代の重要なテーマを話合い、対策をまとめて国際社会をリードしてきた会議だ。
まさにこのサミットによって世界を分析し、問題点を共有して今日まで世界を安定的に運営してきたといえる。私はこのサミットに最初から30回ほど関わり、現場で取材をしてきた。
しかし、新興国が台頭し中国やロシアの存在感も強まるうちに、サミットが世界をまとめることが段々難しくなってきた時代状況もあった。
2008年の日本が議長国を務めた洞爺湖サミットは、そんな時代の岐路に立っていたと感じさせた首脳会議だった。以来、先進国の世界におけるGDP比率が低下、遂に中国や新興国の存在感が拡大し、首脳会議にオブザーバーとして参加するようになると、サミットの役割や牽引力も次第に小さくなっていった。
特に異質のトランプ大統領が2017年に登場し、多国間協議よりも2国間でディール(取引)したほうが有効と考える手法を多用するようになったため、サミットの位置づけは年々小さくなってきた。特に今年はサミット(6月8~9日)の直後に歴史的な米朝首脳会談が設定されていたこともあって、トランプ大統領のサミットへの関心は薄く、世界もまた米朝首脳会談に注目が集まっていたのでますますサミットの存在はかすんで見えてしまった。実際、メディアの扱いも非常に小さいものだった。
しかし、いま世界経済は新たな危機に直面しているともいえる。世界銀行の経済見通しによれば、先進国ではアメリカが3%弱の成長率にあるものの、EUは2%、日本は1%で来年はマイナス成長になると予測されている。
各国ともこれを打開しようと“製造業革命”をうたい新たな成長を目指しているものの、G7を中心とする結束はもろく、不安定なのだ。G7の中でも、前述のとおり日本の成長率は1%前後で来年にはマイナス成長もありうると予測されている。特に、日本は長い高成長時代の経験で多少のストックが出来、いつでも成長の時代に戻れるという過信が油断を生んでいる。最近の大企業や鉄道の不祥事の多発、世界における技術ランキングの定価や女性の地位の低さ、資金はあるのに研究開発より失敗の多いM&Aに走る傾向は注意を要する事態ではなかろうか。
【Japan In-depth 2018年6月26日】
トップ画像は1984年のロンドンサミットでの日本の記者会見の模様(Trust House Foete / 第二次中曽根内閣時代)
※以前上梓した「首脳外交」(文芸新書)では、主にサミットに参加した各国首脳のあからさまな他国批判や発言の裏にある外交駆け引きに焦点を当てており、それらに解説を加えながら、沖縄サミットをはじめとする今後の首脳外交の読み方を示しております。 また、巨大イベントとしてのサミットを仕切る組織やその演出法、開催地の持つ歴史や空気が毎回少なからず影響力を持つ点など、これまでにない視点での取材成果を紹介しておりますので、ご興味をお持ちの方は合わせてお読みいただけると幸いです。