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北方領土でしゃぶりつくすロシア?

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 北方領土を巡る25回目の日ロ首脳会談も交渉決裂を避けただけで成果のないまま終えた。日本は長年の四島返還の主張を色丹島歯舞群島の二島返還に実質的な的を絞り、北方四島の開発・インフラ整備に協力するなど安倍政権になってから涙ぐましいほどの努力を続けてきた。そのプロジェクトは優に100を超すともいわれている。しかし首脳会談前に会見したラブロフ外相は「北方領土がロシア領になったことを認めない限り交渉の進展は期待できない」と冷たかった。ただロシア側はラブロフ外相に強硬論を吐かせ、プーチン大統領は笑顔で握手するなど役割を使い分けている印象も強い。

 それにしても25回も首脳会談を行ないながら、開発の協力を求めるだけで四島はおろか二島返還の示唆すらないなど、ロシア側には歩み寄りの気配がまるでない。安倍首相は手玉に取られている感が強い。

 そもそも北方領土は江戸時代初期に松前藩が自分達の領土とみなし、四島の実効支配を確立したことに始まる。その後1855年に日露通好条約を結び、ウルップ島とその南の間に国境があると確認して両国は北方四島が日本領と合意してきた。

 ところが日本の敗戦間近だった1945年8月9日にソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄し9月初めまでに北方四島と千島列島を占領。1万7300人の日本人島民を強制的に退去させた。この前提として45年2月に米、英、ソ連が千島列島をソ連に引き渡すヤルタ協定を締結。直後、日本の敗戦と51年のサンフランシスコ講和条約で日本は四島放棄となった。

 ただこの条約に千島列島の範囲は明示されず、帰属を巡って長く日ソ交渉が続いていた。米ソ冷戦が始まり、北方領土が軍事的にも重要になったからだ。ただ56年10月に日ソ共同宣言に署名。戦争状態を解消し国交を回復した際には「日ソ平和条約締結後に歯舞、色丹を日本に引き渡す」と明記。さらにソ連崩壊後の93年の東京宣言で四島名を列挙し返還交渉の対象にすることを合意した。しかし安全保障上の問題や北方領土にロシア人が居ついたこと、漁業権や四島の主権のあり方などで解決のつかぬまま今日に至っている。

 日本はかつての経緯から四島一括返還を主張し続けてきたが、最近になってまず色丹、歯舞の二島返還を迫る方向に変えたようだ。ただこの二島の面積は四島の約7%でしかない。日本は安倍首相が議長を務める6月のサミット(G20)までに平和条約締結を行いたいとしているが、したたかなロシアが経済協力をすればOKというか。そろそろ成果を出さないと安倍外交にいずれ愛想をつかすだろう。
【財界 2019年2月26日 第489回】

※参考情報
26日付けのロイターはロシアの国営通信会社ロステレコムが同日、南クリール諸島(北方領土)のうち、択捉、国後、色丹の3島に高速インターネット網を構築したと発表し、ロシアのサハリンから3島の4町村に総延長815キロメートルの光ファイバーケーブルが敷設され、高速インターネットが利用可能となったと報じています。