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貿易戦争に出番を見つけよ

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 30年前の1989年6月、北京の長安街で装甲車両の前に立ち、行く手を止めた一人の学生の写真は今も頭に焼き付いている。中国の天安門事件を象徴する写真だ。民主化を求めた学生達は天安門広場に多くの市民も含め100万人以上が集まった。しかし、民主化運動を許さなかった政府は、軍を向け市民に発砲し大混乱となった。当局の発表では319人が死亡したが、実際には1000人以上が犠牲になったといわれる。この結果、学生達に同情的だった趙紫陽総書記らも事件後解任されてしまう。

 この30年間、中国の民主化運動は、大きな動きには発展せず、つぶされてきた。特に習近平政権になってから厳しく対応しており、天安門事件は国際社会では負の遺産として語られ続けている。

 ただ、天安門事件は、当時旧ソ連支配下にあった東欧の社会主義国に大きな衝撃を与えた。ポーランドをはじめハンガリーチェコなどで次々と民主化運動が高まり、1989年11月には東西ドイツを分断していた「ベルリンの壁」も崩壊した。さらに1991年の米ソ首脳会談によって東欧の旧社会主義圏諸国が西側同盟に加わり民主化運動は一時的に成功し、ソ連は孤立していった。

 しかし東欧諸国の経済や生活水準は思っていたようには伸びなかった。国内の国民階層にも二極化の傾向が目立ち、何より中東やアフリカの難民がヨーロッパに押し寄せ、各国内を混乱させた。特に難民の受け入れにあたっては、反対が多かった。このため、難民導入に理解を示していたEUリーダーのドイツ・メルケル首相が辞任を表明せざるを得なくなったり、フランスでも反対の大デモが起きてEUのリーダー国の指導力が弱まってきてしまった。また天安門事件以降、民主化運動が続いていたポーランドハンガリーチェコなどでも大衆迎合的なポピュリズムが高まり、ヨーロッパも分断状況に陥ってきたのである。

 それは取りも直さず自由貿易、公正、人権などの西洋的価値が崩れ始めたことを意味していた。アメリカのトランプ大統領が登場し、“アメリカ第一”を唱え、かつての欧州的価値観を軽視してきたためだ。

 特にこの2-3年で中国が産業力をつけ、アメリカに対抗し、世界の株価、為替、商品価格も安定しなくなってきた。米中の貿易戦争が世界経済を混乱させているが、仲介役も見当たらない。日本はアメリカ、中国、ロシア、東南アジアなどと密接な関係を持ち、物を言える立場にありながら、今のところアメリカに寄り添うだけで解決に立ち向かう覚悟と気構えが見えないのだが、果たしてこのまま看過していてよいのだろうか。
【財界 夏季特大号 第498回】

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