歩きながら考える英国はどこへ?
昔、国民性を表す小話としてよく聞いた言い回しがあった。
「イタリア人は駆け出してから物事を考える」
「慎重な日本人はよーく考えてから歩き出す」
「イギリス人は歩きながら物事を考え判断する」
そのイギリスの新首相ボリス・ジョンソン氏は、任命された直後の就任演説で「何が何でも10月末に欧州連合を離脱する」と宣言。新たな閣僚人事でも前任のメイ首相のメンバーを大幅に変えた。ジョンソン氏はイギリスの欧州連合(EU)離脱が決まった2016年の国民投票で、離脱キャンペーンを先頭に立って旗を振った人物だ。当初は離脱派が敗北するとみられていたが「私は困難な状況でも驚くような結果を出してみせる」と豪語し、勝利を導き出した。
ジョンソン氏の父が欧州委員会の職員だったため、EUの首都ベルギーのブリュッセルで少年時代を過ごした。祖父はトルコ系イギリス人だが、先祖にはユダヤ系ロシア人もいてグローバル化時代のEUを体現している人物ともいえる。オックスフォード大学を卒業後、英紙ザ・タイムズやデイリーテレグラフ紙の記者を務め、2001年に下院議員に当選して政界入り。08年から16年までロンドン市長だった。その後メイ政権の外相となったが、メイ首相のぐらつくEU離脱方針に反発し去年7月に辞任していた。
ジョンソン氏の発言は、派手で"合意なきEU離脱"を述べるなどイギリス第一を主張するところは、アメリカのトランプ大統領と似ているところがあり、トランプ大統領は「彼は素晴らしい首相になるだろう」と祝辞を送っている。ただEU離脱が将来にわたってプラスとなるかどうかは、いまなお議論が多く、イギリスの凋落につながるとの懸念も強い。イギリスは15、16世紀までは世界のリーダー国を誇り、アフリカからアジア、オーストラリア、アメリカ、カナダなどの支配権を持っており、大英帝国が世界の覇権を握っていたのでかつての英国の再興を夢見る英国人は多い。しかし第二次大戦でドイツが台頭、大戦後はアメリカとソ連が世界を支配し始めると英国は覇権国から落ちこぼれた。
現在のヨーロッパはドイツ、フランスを中心にまわっており、英国がEUから離脱すれば、金融の中心からもはずれ、英国に工場などを置いていた国々も欧州大陸へ移るだろうと予測されている。かつての大英帝国の誇りに縛られているとますます凋落が続くとみる向きが強い。歩きながら理性的に判断するといわれたイギリスの国民とジョンソン首相はこの秋までにどんな知恵を出し名誉あるEU離脱をはかってゆくのだろうか。
【財界 2019年9月10日号 第502回】
画像:Wikimedia commons ジョンブルとナポレオン