強硬路線変えない習近平政権
香港市民の反発に習近平政権は、少したじろいだかにみえる。
香港市民で犯罪を起こした人物を中国本土に送り裁判にかける、という香港行政府の発表した「逃亡犯引き渡し」条例は市民の大デモの反発に遭い、香港政府が遂に引っ込めた。このところ強硬路線で中国を引っ張ってきた習政権にとっては珍しい妥協的対応だった。ただ建国70周年を祝った今年の軍事パレードでは数十万人の軍と民衆を動員して過去最大級の規模で盛り上げ、習氏は「中国は70年で世界が目を見張る偉大な成果を成し遂げた。建国100周年には世界一流の軍隊を建設しアメリカに匹敵する大国を築く」と演説、共産党を核とした“中国の夢”を追い求め続けている。
中国は2010年にGDPで日本を抜き世界第2位となった。1950年代は300億ドル(約3兆2400億円)程度だった中国のGDPは、2018年に400倍以上の13兆ドル(約1400兆円)を突破した。2020年代にはアメリカを抜くといわれ、次世代の通信規格の5G、人工知能(AI)などのハイテク分野でもアメリカと肩を並べてきた。中国軍の当面の課題は台湾や南シナ海、東シナ海などでアメリカ軍を上回ることで、かつては陸軍国だった中国を習政権は2015年頃から海、空軍を増強。サイバーや宇宙分野の軍改革にも力を入れてきた。
■中国では言論、人権などに厳しい統制
ただ、その一方で、自由な発言、人権の尊重、政治批判などには厳しい取締りを行ない、これに嫌気がさした高所得者層や知識層の人々は海外に移住したり、厳しい外貨規制に中国を離れ、東南アジアなどに移転する企業も増えている。
また、リーマン・ショック(2008年)後は、率先して国内のインフラ整備や海外に資金を貸し付け国際経済の成長に協力したが、今日では財政事情などが悪化しており、かつてのような大判振る舞いは出来なくなっている。それどころか、アジア、太平洋だけでなくインド洋でも覇権を握る意図をみせ、パキスタン、バングラデシュ、スリランカ、ミャンマーなどに資金援助を行ない、西アフリカの産品を安く手に入れ、東南アジアの鉄道建設に協力して輸出入物資を中国へ運び入れたり、港の建設資金を支援する代わりに港の使用権や租借契約を次々と結んだりしてきた。
日本も第二次大戦で敗戦した後、焼け野原となった国土を再建するためアメリカや世界銀行などの資金を仰いでインフラ整備に力を注いだが、東南アジア、インド洋周辺国、西アフリカなどで中国は資金を貸し付けた見返りに港湾などの使用を自由にできる契約も結んでいるのだ。こうした中国のやり方に警戒心を持つ国も増えており、選挙で親中国派の政権がひっくり返ったりする現象も起こっている。
■大統領選挙も絡み高関税で対立
トランプ政権の支持層は農村や「ラストベルト」といわれる中西部地域とされている。このため、次の大統領選挙に向けて、トランプ政権は同地域が関心を持つ製品に高関税をかける貿易戦争を仕掛けている。
トランプ氏は「賢い指導者は常に自国民の利益を考える。それがアメリカ・ファースト(米国第一主義)だ。未来はグローバル主義者のものでなく愛国者のものだ」と訴え、中国や日本の対米黒字製品に高関税をかけ、中国の産業補助金は不公正貿易の源泉だと批判を強めている。
■産業補助金は中国の生命線
これに対し中国は「産業補助金は中国産業政策の中核をなしており、これによって中国企業は安く輸出できるし、中小企業の育成にもなっているのだ」と弁明しており、廃止する気はないのが実情だ。
中国は2014年頃から産業投資基金(補助金)を急増させており、基金の総額は2017年には8000億元(約12兆8000億円)を超えていると予想されている。もっとも力を入れている分野が「中国製造2025」という政策でハイテク分野を中心に2025年までに先進国並みの“製造強国”を目指すとしており、最終的には人工知能(AI)などの先端分野で世界市場の大半を占めるという目標を掲げているのだ。
このため、日米欧の貿易担当大臣の間では世界貿易機関(WTO)の補助金ルールを改正し、世界貿易の歪みをなくすことで意見が一致している。アメリカはこれに先立ち、WTOを脱退し、独自に中国に対し制裁を行ない高関税をかけるとし、第一弾から第四弾まで個別分野の関税引き上げを表明している。アメリカは中国に1484億ドルを輸出しているが中国からはその3倍の4284億ドルが対米輸出され、その分が貿易赤字となっている(2017年)。
■貿易ルールの改正で話合いを
中国の新興国への資金援助や米中貿易戦争はもはや二国間の問題ではなくなってきている。太平洋、インド洋の覇権争いが絡み、米中の対立とその政策は世界の株価や為替レートなどの乱高下などに大きく影響しているからだ。貿易戦争を続けたり、借金をカタに港湾などの租借権でもめている場合ではなくなりつつある。世界の貿易機関で早急に話合い、納得されるルールを作る時期に来ている。
今のところ、米中とも戦争に至る実力行使は回避しているものの、時間がいつまでもあるわけではない。アメリカの圧力に引けをとらず強硬に対抗する中国はここ3~4年で強い自信をつけてきたようにみえる。しかし香港の大規模デモ、国内経済の高度成長の停滞、国内の民主主義運動などへの圧力――等々、中国の強硬路線も決して楽観できる状態ではない。
【TSR情報 2019年10月31日】
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