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事業の組み換えこそ企業の生きる道  政府の景気刺激策を待ってはダメ

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 景気がもうひとつパッとしない。先進国仲間では良い方なのだが、過去の高度成長期と比べたり、周囲の20%前後も増益・増収している企業を見ると成長が遅れていると感じる企業が多いようだ。そうした企業は、政府の財政・金融などの刺激をさらに求め、日本全体の追い風に乗って自分のところも成長できるはずだと考えるらしい。政府もまた事業規模で20兆円を超える大型補正を準備したり、一段と金融緩和の姿勢を見せて企業の要望に応えようとしている。

 しかし、従来のような景気刺激策を打てば日本全体が浮揚し企業も良くなるというシナリオは、安倍政権スタートの最初だけで、その後は金融緩和、マイナス金利、財政刺激、規制緩和などの手を打っても、消費者、企業側ともに景気の波に乗って消費が増えたり、設備投資が増えたという兆候は見られない。

 そもそも、消費者も企業も政府のマクロ的な景気刺激策に、いまや期待を寄せてはいないのではないか。世の中が好況ムードになれば、企業がどんどん物をつくり、設備投資を行って消費者は新しい商品を買うといった高度成長期にみられた循環は、とっくになくなっているのだ。

 賢い企業は、世の中の流れを長期的に見据えて、高度成長期や失われた20年期の事業を真剣に見直している。実は事業の組み換え、見直しを行っているのだ。その事業の組み換えに成功した企業は新しい成長路線をつかみ、昔の事業にしがみついて安売り競争などで勝とうとしている企業は、どんどん体力を弱めて衰退、消滅しているところが多い。

 時代の流れは大きく変わっているのだ。その時代の波をきちんと見分け、自社の技術、資産などを見直して事業を組み換えているところが大きな成長の土台を築いていると言える。

 

――GEは10年ごとに事業組み換え――

 将来を見通しながら事業の組み換えを行い続け、今なおアメリカの代表銘柄になっているのがGE(ゼネラル・エレクロトニクス)社だ。1878年トーマス・エジソンが電気照明会社として起業して以来、総合電気メーカーとして長く世界のトップ企業として存在し続けたが、日本などの新興国が追いかけ力をつけてくると、重電メーカー、コンピューターのメーカーへと変わり、1970年代にはプラスチックを生産する企業に変わった。1981年ジャック・ウェルチがCEOに就任すると3大ネットワークを占めていたNBCを保有していたRCAを当時で最大の買収価格で買い取ったが、1990年代にはRCAを売却し金融、保険、リース業へ参入した。現在の主要事業は、金融サービスのほか電力、オイル、ガス、発電ビジネスのほか、医療用機器、鉄道車輌、エネルギー関連のインフラ、不動産などの多岐にわたっている。GEといえばエジソンが作った会社というイメージが強いものの、その内容はほぼ10年ごとに主要事業が入れ替わっているのだ。むろん、突然変更しているわけではなく、主要事業が稼いでいる時期に次の時代を見据えて事業の入れ替えをスムーズに図ってきている。だからこそ、GEはつねにアメリカを代表するダウ銘柄として存在し続けているのだろう。

 

――日本では富士フイルムが組み換えに成功――

 日本で事業の入れ替えに成功した有名企業は富士フイルムHDだ。HD会長でCEOの古森重隆氏は「うちは利益の3分の2を稼いでいた写真フィルム事業がデジタル化によってどんどん減り、とうとう本業を失った。2000年代に入ってリストラを進めたが、リストラだけでは夢も会社の将来像も描けず、何とか生き延びることを考えざるを得ず新規事業や経営の多角化を目指した。世界の電機メーカーは、いま事業の組み換え、事業シフトを進めているが、とにかくまだ市場が育ち始めたばかりでも、種の段階から手に入れるようにしている。将来性があるなら当社の資金力を生かし、写真で育んできた技術力、生産技術、生産管理も応用するようにしている」と指摘する。

 

――フィルムから5事業以上へ――

 富士フイルムは現在、ライフサイエンス、関連会社の富士ゼロックス、高機能材料、印刷、デジカメなどイメージング――など5領域を手掛けている。自社のもつ技術の隣の領域に攻めていき、M&Aで何本かの成長の柱を作っていくのが大方針だという。

 なかでも医療分野に力を注ぐ、富山化学工業、米セルラー・ダイナミックス・インターナショナルなどの企業を買収、アルツハイマー治療薬や心臓疾患、パーキンソン病などの治験も進めており、18年には200億円くらいの売上高を見込んでいる。

 一時は60%前後の写真フィルムのシェアをもち名門・安泰企業だった。それがデジタルカメラの登場でフィルム需要が激減、構造改革に乗り遅れた名門コダックが経営破綻した。富士フイルムは写真で培った技術の生かす道を考え、いずれ大樹に育つとみたら、ヒットが出るまで支えるとし、自社技術と合う企業を探し次々と新商品を作り出していったのだ。化粧品事業にまで手を伸ばし、化粧をするのではなく身体の内部からシミなどをとる技術を開発し、フィルム企業のイメージを一変させたりして、世間を驚かせた。

 

――地域でも事業組み換えで成功――

 事業の組み換えは企業だけではない。伝統工芸や地域の名産を持っていた地方も新たな事業の組み換え、高付加価値化をはかり見事に行き残っているところがある。たとえば新潟県燕三条である。同地域は1960年代まで洋食器の街として栄えた。しかし、1970年代に入ると日本の輸出が増え円高に襲われた。手をこまねいて円高に悲鳴をあげていた企業は次々と潰れていったが、いくつかの企業群は洋食器に見切りをつけ、伝統の刃物の高付加価値化に目をつけた。いまや単なる包丁ではなく、レーザーを使ったカット技術などを進化させているし、岩手の鉄びんなどもコーヒーポットにしたり、カラー化を考え、欧米に輸出し人気となっている。

 

――自主事業を柱に、たんなる買収はダメ――

 かつての技術、製品を細々と受け継ぐだけでは時代遅れになり衰退化していく。そんな時、新しい技術、デザイン、使用法の変化などを工夫すると、再び光を取り戻す可能性もあるのだ。旧くなった産業にこだわり、リストラや安売り競争に走っていると先は短い。買収や提携で事業の組み換えや次元の異なる高付加価値化、新しい市場の開拓などを行い、事業の組み換えを考えていくことが重要なようである。ただ買収といっても、自分たちの事業と無関係の買収を行っても長続きはしないだろう。あくまでも自主技術を軸に、深堀りしているところが成功の確率が高いようだ。
TSR情報 2016年8月29日】

※画像は南部鐵器のメーカー「岩鋳」社が手掛けるカラーポット「IWACHU」 。「岩鋳」社サイトより。

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