時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

新“三種の神器”は何か

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 暮らしを豊かにし、生活を便利にしてきた代表的な製品を昔から“三種の神器”と呼び、時代によっていつもシンボルとなるものが生まれてきた。三種の神器をたどると、日本の生活の発展史が見えてきたものだ。

 第二次世界大戦が終り成長期に入ってきた1950年代にテレビ放送が開始されると・・・

 

続きは、本日配信のメールマガジンまぐまぐ」”虫の目、鳥の目、歴史の目”にてご覧ください。(初月無料)

続きに掲載されている本記事の見出し
■新“新”三種の神器
■“キャッシュレス”時代も呼び込む
■格差と考えない人間を生む?

 

画像:acworksさんによる写真ACからの写真

「ウズベキスタン協会とウズベキスタンの強い結びつき」~サプライズ編~

在ウズベキスタン大使館 特命全権大使 藤山 美典ご夫妻と嶌

ウズベキスタン大使館 特命全権大使 藤山 美典ご夫妻と嶌

スタッフからのお知らせです。既報の通り、嶌が会長を務める日本ウズベキスタン協会主催の20周年記念旅行が開催され、9月6日から13日までウズベキスタンに行ってきました。参加された方より続々と感想が寄せられています。今回の旅行の写真とともに紹介します。

今回は、前回に引き続き、会員の布施 知子さんからの寄稿文を紹介します。布施さんは、公益財団法人アジア学生文化協会 常務理事として長年、アジアからの留学生への日本語教育等の支援に携わられていらっしゃいます。

非常に明るいお人柄で、さまざまな方々と楽しく交流されており、初のウズベキスタンを堪能されている姿が非常に印象的でした。

布施 知子さん

布施 知子さん

ウズベキスタンの魅力を盛り込んだ濃密な旅行記を送付いただきましたので、前回の「ハイライト編」に続き、今回は「サプライズ編」をお届けします。

昨日お届けした「ハイライト編」は以下リンクよりご覧いただけます。

忘れないうちに、サプライズも列挙する。

その1
創立20周年記念パーティーでは、藤山大使ご夫妻、駐在員、日本語学校「NORIKO(ノリコ)学級」のガニシェル校長、元日本留学生等駆けつけてくれ、協会会員は顔見知りと旧交を温めていたこと。また、思いがけず一組の男女による軽快な民族舞踊が披露された。 

ヌクス空港到着時の楽団と美女による塩とナンの歓待

ヌクス空港到着時の楽団と美女による塩とナンの歓待

その2
ヌクス空港に夜、到着したが、カラカルパクスタン共和国 Kazbekov第一副首相のお出迎えと民族衣装の女性達がピラミットのように重ねたパン(ナン)と塩を携え、また男性たちによる民族楽器の演奏による出迎えがあり大いに感激した。更に翌日は、共和国警察車の先導でヌクスからムイナクへ我々のバスは移動。

サヴィツキー美術館内のゲルでの民族楽器の演奏と歌による歓待

サヴィツキー美術館内のゲルでの民族楽器の演奏と歌による演奏による歓待

その3
ヌクスのサヴィツキー美術館の特別見学と美術館内展示のゲルの中で民族音楽演奏があり民族楽器と素晴らしい歌い手による歌で歓迎された。 

ホレズム州副知事より民族衣装と帽子のプレゼント

ホレズム州副知事より民族衣装と帽子のプレゼント

その4
ヒヴァを離れる前の夕食会場にTemur I. Davletovホレズム州副知事が現れ、嶌会長に昔のビバの役人が着ていた制服?(縞模様の短い衣装)と冬は寒い地域なので、ラクダの長い毛で作ったという伝統的な帽子がプレゼントされた。更に、ホレズム州副知事は夕食の席にヒヴァの民俗音楽団を派遣してくれ、歌と踊りと大変にぎやかな楽しい席にとなった。

モティル・サマルカンド副市長による出迎え

モティル・サマルカンド副市長による出迎え

その5
サマルカンドに電車で到着した時、プラットホームにモティル・サマルカンド副市長の出迎えがあり、歓迎の挨拶と駅の特別室を通っての特別改札となった。更に、我々のサマルカンド観光に市の職員1名が同行し、いろいろ配慮してくれた。さらに、夜のレギスタン広場のプロジェクションマッピングの席も特別に用意してくれた。まだほかにもサプライズがあったかもしれないが、とりあえず思い浮かぶまま書き出した。

一橋大学への留学経験もある知日派のアジズ副首相(中央)より表敬訪問

一橋大学への留学経験もある知日派のアジズ副首相(中央)より表敬訪問

最後に特記したいことは、ウズベキスタンになってからの元日本留学生が帰国し、政府の重要ポストについたり、外務省や日本大使館での勤務、ビジネスでの成功、観光ガイド等々について活躍されていた。そして、その方々の多くが日本ウズベキスタン協会とかかわりを持っていることだった。

日本語を学ぶ方々のための日本センターの展示

日本語を学ぶ方々のための日本センターの展示

また、短時間だったが日本センターで交流した日本語を学んでいる大学生や社会人の日本語会話力の高さにも驚いた。各グループに別れ、学生達と交流したのだが、私のグループには外国語教育で1~2位の国立タシケント東洋大学の日本語学科の学生が3人いて、中には「日本に留学して将来日本文学の翻訳の仕事がしたい」と言っていた。ぜひ日本に留学して、夢を実現できればよいなと思っている。

ガイドの遠藤さん(左)とドストンさん(右)

ガイドの遠藤さん(左)とドストンさん(右)

そして、最後になるが、国立サマルカンド東洋大学国語学部日本語学科を卒業しているツアーガイドのドストン君は、筑波大学に1年間留学し、日本でも様々な経験を積んでいる頼もしい我々の助っ人だった。ドストン君の卓越したツアーガイドと様々な現地での配慮が、この旅行を更に豊かに実りあるものにしてくれたのは周知のとおりです。ありがとうございました。

そして、嶌会長、川端理事長、佐々木さん、そしてツアーガイドのドストン君、遠藤さん、この旅の企画、準備から、我々の旅行中の安全と見守り、ありがとうございました。

日曜(15日) TBSラジオ『嶌信彦 人生百景「志の人たち」』 ゲスト:皮膚研究のスペシャリスト 傳田光洋氏(資生堂グローバルイノベーションセンター主幹研究員)二夜目

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日曜(15日)のTBSラジオ 『嶌信彦 人生百景「志の人たち」』(21:30~)は 皮膚研究のスペシャリスト 傳田光洋氏(資生堂グローバルイノベーションセンター主幹研究員)をお迎えした二夜目をお届けします。

花粉が肌のバリア機能を低下させることを実証し、美容法の開発につながったり、アトピー性皮膚炎や肌の老化トラブルを起こすメカニズムの解明など、その研究内容についてお伺いする予定です。

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前回の人間や動物、植物の「皮膚」の役割や、120万年前に体毛を失ったとされる人間が、毛づくろいをする代わりに言語が発達したと考えられるなど、驚きの皮膚トリビアについてお伺いした放送音源は来週水曜正午までお聞きいただけます。

 傳田氏が上梓された書籍の一部をご紹介いたします。

「ウズベキスタン協会とウズベキスタンの強い結びつき」~ハイライト編~

タシケント「日本人抑留者資料館」スルタノフ館長と一行

タシケント「日本人抑留者資料館」スルタノフ館長と一行

スタッフからのお知らせです。既報の通り、嶌が会長を務める日本ウズベキスタン協会主催の20周年記念旅行が開催され、9月6日から13日までウズベキスタンに行ってきました。参加された方より続々と感想が寄せられています。今回の旅行の写真とともに紹介します。

今回は、会員の布施 知子さんからの寄稿文を紹介します。布施さんは公益財団法人アジア学生文化協会 常務理事として長年、アジアからの留学生への日本語教育等の支援に携わられていらっしゃいます。

非常に明るいお人柄で、さまざまな方々と楽しく交流されており、初のウズベキスタンを堪能されている姿が非常に印象的でした。

今回、ウズベキスタンの魅力を盛り込んだ濃密な旅行記を送付いただきましたので、二回に分けてお届けします。

以下、布施 知子さんの文章「ハイライト編」をご紹介します。

布施 知子さん

布施 知子さん

日本ウズベキスタン協会設立20周年記念「ウズベキスタン周遊8日間の旅」には、いくつかの偶然が重なり参加できた。動機は未知の土地への好奇心と、深層的憧れのシルクロードのオアシスの街や世界遺産となっているサマルカンド、ヒヴァを訪ねてみたいということ。もう一つ付け加えると、私の長年の仕事とも関係する、最近急増しているウズベキスタンからの留学生の国情を知る機会になればとの軽い気持ちだった。

しかし、この中央アジアウズベキスタンの旅は、思いがけず濃密な学習の旅となった。旅には真っ白のキャンバスで出かけたが、旅を終える頃にはキャンバスには埋まりきれないほどの下絵が出来上がり、この後どのように描き上げてゆくのか、思案せねばならない。

日本ウズベキスタン協会の活動については、これまで部分的にしか知り得ていなかった。今回の旅で、嶌会長の20年にわたるウズベキスタンとの関わりと貢献、また川端理事長のウズベキスタンにおける調査・研究と社会貢献等を知る機会を得、それに裏付けられた旅先での日々出会った様々なサプライズに、協会とウズベキスタンとの強い結びつきを知るよい機会となった。

今回の濃密な旅を振り返ってみたい。

日本人墓地入口にて墓守のミラキルさんと一行

日本人墓地入口にて墓守のミラキルさんと一行

~ハイライト~

その1
一般に敗戦後のロシアによる日本人捕虜のシベリア抑留の話はよく知られている。しかし、かなりの数の捕虜が中央アジアに連れて行かれ、ウズベキスタンで劇場の建設、発電所の建設等に携わった部隊もいたということについてはこれまでほとんど知られていない。二日目に訪れた日本人墓地(きれいに整い桜の木が植えられた墓地は、ウズベキスタンの親子が代々墓守をしている)や、墓地に隣接する日本人捕虜の記録を地道に調べ、日本人抑留者資料館として公開されているスルタノフ館長の展示資料や説明と『ヒイラギ』という日本人抑留者の記録ビデオを見て、これまで知らなかった多くのことを知り、学ぶことができた。

「ナボイ劇場」内部 細部にわたる彫刻が見所の一つ

「ナボイ劇場」内部 細部にわたる彫刻が見所の一つ

その2
そして、日本人捕虜457名によってつくられたタシケントの代表的な建造物となっているナボイ劇場(ロシアの4大劇場の一つ)を訪れた。全て見学できる予定が手違いで外観のみの見学と言われ、嶌会長の粘り強い交渉で館長の案内で内部の見学もさせてもらうことができた。劇場の内部を見ることなしに、この劇場の素晴らしさを語ることができぬほど細部にわたり細かい細工が施された歴史的建造物であった。1966年にタシケントを襲った直下多型大地震で街のほとんどの建物が崩壊した中、無傷で救護所に使われたというこの美しく堅牢な建物への関心が集まり、これの建設に携わった日本人への関心と尊敬が高まったという。

カラカルパクスタン共和国の漁村「ムイナク」にある「船の墓場」

カラカルパクスタン共和国の漁村「ムイナク」にある「船の墓場」

その3
限られた時間の中でウズベキスタンの東に位置する首都タシケントから西にある自治協和国・カラカルパクスタン共和国に移動し、アラル海の環境公害の実態に触れて来た。かつて漁村であった「船の墓場」には、数台の漁船が乗り捨てられ並んでおり、その向こうには荒涼とした荒野が地平線まで続いていた。旧ソ連時代の計画経済政策による大規模な綿花栽培の展開によりアラル海の水が無くなり、現在の海面は元の1/10ほどになっている。生態系がすっかり変わり、移住を余儀なくされた漁民も多い。20世紀最大の環境破壊と言われている。

タシケント「国立歴史博物館」に展示されている1966年大地震で被災した時計

タシケント「国立歴史博物館」に展示されている1966年大地震発生時刻で止まった時計

その4
広大なユーラシア大陸の重要な拠点(通り道)にあったこの国の悠久な歴史を知る手掛かりとなったタシケントの「国立歴史博物館」、サマルカンドの「アフラシャブ博物館」の見学。そして、ムナイクの「アラル海歴史博物館」、ヌクスの「サヴィツキー美術館(考古学者の収集品、民族芸術)」の見学。

サマルカンド「レギスタン広場」のプロジェクションマッピングのティムール

サマルカンド「レギスタン広場」のプロジェクションマッピングのティムール

その5
街全体が世界遺産のヒヴァのインチャカラの観光、世界遺産サマルカンドの観光(シャーヒジンダ廟、グーリアミール廟、レギスタン広場、ビビハニムモスク等)とレギスタン広場でのプロジェクションマッピングによるサマルカンドの壮大な歴史物語の鑑賞。

20周年記念パーティーでウズベクダンサーと共に

20周年記念パーティーウズベクダンサーと共に

その6
タシケントの協会創立20周年記念パーティーで日本大使をはじめとした在タシケントの日本人及び元日本留学生との交流会(with民族舞踊)、日本センターでのタシケントの日本語学習者との交流会。

ジャパンセンターで日本語を学ぶ生徒と交流

ジャパンセンターで日本語を学ぶ生徒と交流

その7
タシケントのチョルスバザール見学、ヒヴァの城内にある東京農工大の支援するウズベキスタンの女性の自立支援のお店「Cocoonコクーン)」の見学と買い物、タシケントのアートバザールの見学と買い物、サマルカンドのショブバザール見学・買い物、スーパーでの買い物。

中央アジア最大のバザール タシケント「チョルスーバザール」

中央アジア最大のバザール タシケント「チョルスーバザール」

その8
日々の食事:朝のホテルの朝食、昼食、夜の食事。

タシケントからサマルカンドに向かう特急列車「アフラシャブ号」で配布された軽食

タシケントからサマルカンドに向かう特急列車「アフラシャブ号」で配布された軽食

その9
乗り物:タシケントサマルカンドの特急列車「アフラシャブ号」乗車、タシケント→ヒバ、ヌクス&ウルゲンチ→タシケントの国内便の利用、また予想以上に快適な(新しい)観光バスでの移動。(但し、タシケントで前評判のよかった地下鉄乗車と駅の見学ができなかったのは残念!)

タシケント市内の地下鉄「ユヌサバード線」のアブドゥッラ・カディリー駅構内

タシケント市内の地下鉄「ユヌサバード線」のアブドゥッラ・カディリー駅構内

その10
旅で目に残る風景はやはり日本にないものばかり。地平線までずっと平らな荒野、そこにこの時期咲くピンクの花が美しかった。草もない砂漠と小高い丘、あちらこちらで沿道から見た延々と広がる綿畑、牛と羊の放牧、世界遺産のモスク、廟、神学校、巨大なバザール、家を取り巻くポプラ、背の高い桑の木、・・・

また、この国は雨が少なく乾燥しているせいか、大都市でさえすえた匂いや悪臭がない清潔感のあふれるところとの印象をもった。

バスの車窓から見えた荒野

バスの車窓から見えた荒野

まだまだ、記憶に残る様々なこと、ものが浮かぶが、この辺でストップしておく。ただ、今回は日々盛りだくさんのスケジュールで、かつメモも取らなかったため、不正確な記憶も多々あると思っている。おかしなところ、誤りなどはご指摘いただけばありがたい^^

なお、今回の現地での訪問先は、川端先生の現地でのご経験の中から厳選してくださったものも多いのではと感謝。また、様々なサプライズは、嶌会長、川端理事長のウズベキスタンに対する長年の貢献による賜で、参加者は数々の大変貴重な経験をさせていただいたこと、改めて感謝いたす次第です。

サプライズ編は以下リンクを参照下さい。

タマリスクの花畑

田中さんが撮影されたヌクスからムイナクへの道中、バスの車窓から見えたタマリスクの花

田中さんが撮影されたヌクスからムイナクへの道中、バスの車窓から見えたタマリスクの花

スタッフからのお知らせです。既報の通り、嶌が会長を務める日本ウズベキスタン協会主催の20周年記念旅行が開催され、9月6日から13日までウズベキスタンに行ってきました。参加された方より続々と感想が寄せられています。今回の旅行の写真とともに紹介します。

今回は、会員の田中 麻子さんからの寄稿文を紹介します。田中さんは、協会主催のウズベク語講座にもご参加いただいており、熱心にウズベク語を学ばれ、現地の方とウズベク語で交流を図られておりました。

今回の旅行の前、ウズベキスタン大使館主催のイベントでお会いした際にご自分で作られたアトラスのスカートを身につけておられるなど、非常にウズベキスタンに親しみをもってくださっている方です。

以下、田中 麻子さんの文章をご紹介します。

田中 麻子さん

田中 麻子さん

旅行の4日目、ヌクスからムイナクへ向かう途中のことでした。

街を後にし、地平線を望む大地に紫に近いピンク色の植物がちらほら見えてきました。

20年前の9月に中国・新彊ウイグル自治区へ旅行した際も咲いていたタマリスクの花。今回の方が花の色は濃いようでした。

揺れるバスの中からあちらこちらにタマリスクが群生しているのが見えました。こんなお花畑に出会えるとは、長時間ドライブのご褒美でしょうか。

アラル海の漁村・ムイナクからヌクスへの道中の風景

アラル海の漁村・ムイナクからヌクスへの道中の風景

他にもヌクスからヒヴァへの道中や、タシュケントからサマルカンドへ向かう列車の中からもタマリスクが咲いているのを見掛けました。割と水路の近くに咲いている様です。

タシケントからサマルカンドに向かう特急列車「アフラシャブ号」

タシケントからサマルカンドに向かう特急列車「アフラシャブ号」

昨年10月にウズベキスタンを訪れた際は同じ列車からも全く見えなかったので、丁度開花の時期だったのかもしれません。

植物でもシルクロードは繋がっていると感じられた旅でした。

ヌクスからヒヴァに向かう途中休憩で立寄ったガソリンスタンド付近の綿花畑

ヌクスからヒヴァに向かう途中休憩で立寄ったガソリンスタンド付近の綿花畑

いつか機会があれば、ウズベキスタンで綿花の摘み取りを体験したり、春に咲くチューリップの花畑を見たりできればと夢は膨らむばかりです。

昨日 TBSラジオ『嶌信彦 人生百景「志の人たち」』 ゲスト:皮膚研究のスペシャリスト 傳田光洋氏(資生堂グローバルイノベーションセンター主幹研究員)音源掲載

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昨日のTBSラジオ 『嶌信彦 人生百景「志の人たち」』(21:30~)は 皮膚研究のスペシャリスト 傳田光洋氏(資生堂グローバルイノベーションセンター主幹研究員)をお迎えした音源が番組サイトに掲載されました。

人間や動物、植物の「皮膚」の役割や、120万年前に体毛を失ったとされる人間が、毛づくろいをする代わりに言語が発達したと考えられるなど、驚きの皮膚トリビアについてお伺いしました。音源は来週水曜正午までお聞きいただけます。

次週も引き続き傳田氏をゲストにお迎えし、花粉が肌のバリア機能を低下させることを実証し、美容法の開発につながったり、アトピー性皮膚炎や肌の老化トラブルを起こすメカニズムの解明など、その研究内容についてお伺いする予定です。

 傳田氏が上梓された書籍の一部をご紹介いたします。

夢のような旅路

世界遺産 サマルカンド「レギスタン広場」

世界遺産 サマルカンド「レギスタン広場」

スタッフからのお知らせです。既報の通り、嶌が会長を務める日本ウズベキスタン協会主催の20周年記念旅行が開催され、9月6日から13日までウズベキスタンに行ってきました。参加された方より続々と感想が寄せられています。今回の旅行の写真とともに紹介します。

今回は、片岡 廣子さんからの寄稿文を紹介します。片岡さんは、会員の齋藤 郷士さんの高校時代の同級生というご縁でご参加くださいました。

非常に明るく朗らかな方で、旅行中は皆様でお食事とウズベクワインなどを堪能されており、楽しまれていらっしゃいました。

以下、片岡 廣子さんの文章をご紹介します。

片岡 廣子さん

片岡 廣子さん

ウズベキスタン旅行に行くからね」と娘に電話をしたら、「え、何でそこなの?」
そんな会話で始まった旅でした。私自身も「ウズベキスタン」という名前は聞いたことはあったけど、場所もはっきり分からない未知の国でした。説明会に出席してお金の単位がスムでドルしか通用しないらしい事、トイレの事等々、大丈夫かなと気持ちが揺らいできました。家に帰り地図を見て、アラル海問題について書かれている資料などを読み、シルクロードに辿り着いた時には、絶対に行きたいという印象に変わりました。

タシケントのバスの車窓からの風景

タシケントのバスの車窓からの風景

タシケントは木々に囲まれ、道路も広く整備され、街そのものが公園の様でした。日本人墓地も手入れが行き届き、手厚く管理されている事を知り、感謝の気持ちになりました。

サマルカンドの昼食で出されたプロフとサラダ

サマルカンドの昼食で出されたプロフとサラダ

サマルカンドの昼食で出されたナンとサラダ

サマルカンドの昼食で出されたナンとサラダ

色々な所を見学しましたが、やはりサマルカンド「青の都」は圧巻でした。レギスタン広場からの眺めは飽きず、ずっと座って見ていました。また、どこへ行ってもVIP待遇を受け、夢の様でした。

ヒヴァ・イチャンカラ 内ジュマ・モスクの柱を案内するドストン氏(中央)

ヒヴァ・イチャンカラ 内ジュマ・モスクの柱を案内するドストン氏(中央)

日本語ガイドのドストン氏は、歴史から美術工芸の事など、流暢な日本語で説明され、大変素晴らしかったです。最高な旅をありがとうございました。