時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

アラル海への道

20世紀最大の環境破壊といわれるアラル海、漁村ムイナクに残された『船の墓場』と評される漁船の残骸

20世紀最大の環境破壊といわれるアラル海、漁村ムイナクに残された『船の墓場』と評される漁船の残骸

スタッフからのお知らせです。既報の通り、嶌が会長を務める日本ウズベキスタン協会主催の20周年記念旅行が開催され、9月6日から13日までウズベキスタンに行ってきました。参加された方より続々と感想が寄せられています。今回の旅行の写真とともに紹介します。

今回は、日本ウズベキスタン協会会員の千葉百子さんからの寄稿文を紹介します。千葉さんは、アラル海チェルノブイリ健康被害を長年調査、研究され、何度もウズベキスタンを訪問されているエキスパートです。今回、アラル海を訪問した際、参加者の皆さんにアラル海沿岸の健康被害に関するお話からチェルノブイリの現状などをわかりやすくご説明いただきました。

以下、千葉さんの文章をご紹介します。

千葉百子さん

千葉百子さん

 ずいぶん昔のことですが、学生の頃、「蒼き狼」(井上靖著)を読んだのが中央アジアに少し興味を持ったはじめでした。それから数十年の後にカザフスタンウズベキスタンへ何度も足を運ぶようになりました。はじめてウズベキスタンを訪問したのは1999年のこと、タシケント国境なき医師団の事務所へアラル海問題の現状について話を聞きに行きました。そして当初はカザフスタン側からアラル海を見ていて、2007年にウズベキスタン側、タシケント→ヌクス→ムイナク→アラル海へ行きました。今回のアラル海へのルートと同じです。道幅が広くなり、舗装されていて、沿道にサクサウールの植樹もみられました。自動車と混在して大通りを行く荷物を満載したロバは今回は二度しか見ませんでした。

アラル海に向かうバスをパトカーが先導。その脇を荷物を引くロバが通る

アラル海に向かうバスをパトカーが先導。その脇を荷物を引くロバが通る

アラル海モニュメント、白い四角錐のすぐ下まで水を湛えていたアラル海を想像してください。船の墓場といわれている古い漁船が散在しているところまで階段をたくさん下りました。旧湖底です。水は見えません。はるか100㎞位先まで行けば水を見ることが出来るかもしれません。わずか半世紀で自然環境がこんなに変わった、人為的な行為で。誰が言い出したのか、アラル海の縮小は20世紀最大の環境破壊といわれます。それを実感できたこの旅の意義は大きいと思います。

砂漠化防止のため沿道やアラル海に植えられているサクサウール

砂漠化防止のため沿道やアラル海に植えられているサクサウール

 勝手な想像ですが、今回の旅の計画は川端理事長が「あれも見て欲しい。これも経験して欲しい」という真心の結晶で、時間的な制約から妥協した点も多々あったでしょう。それをドストンさんが上手にフォローして、まるで日本人のような的確な日本語で、歴史的な知見も併せて説明してくださったことは旅の意義がさらに充実されました。ドストンさんももっといろいろお話してくださりたかったでしょうけれど時間との兼ね合いを上手に使って名解説者でした。

様々なお話を織り交ぜ盛上げてくれたドストンさん

様々なお話を織り交ぜ盛上げてくれたドストンさん

また、参加者の皆さんはお気づきでしょうが、ヒヴァという世界遺産の中に東京農工大学という日本の大学名を冠した施設『Cocoonコクーン)』(※)を開設し、活発に営業を続けているという事実、「日本女性 ここにあり」乾杯!

ヒバ・イチャンカラ内にある『Cocoon(コクーン)』

ヒバ・イチャンカラ内にある『Cocoon(コクーン)』

 

 タシケント、ヌクス、アラル海、ヒヴァ、サマルカンドを巡って(残念ながらブハラへは行きませんでしたが)やはり人に勧めるならサマルカンドだな、と思いを強くしました。

サマルカンド・ウズベキスタンの英雄ティムールとその一族のお墓『グーリ・アミール廟』

サマルカンドウズベキスタンの英雄ティムールとその一族のお墓『グーリ・アミール廟』

 嶌会長には協会設立20周年の行事としてこの旅を立案くださり、全行程をご一緒くださり、ありがとうございました。

(※)『Coccon(コクーン)』とは
JICA 『草の根支援プロジェクト』として、2009 年から東京農工大学ウズベキスタン共和国の国立養蚕研究所、ビジネスウーマン協会と協力し『ウズベキスタン共和国 シルクロード農村副業復興計画-フェルガナ州における養蚕農家の生計向上モデル構築プロジェクト-』を実施してきました。このコクーンは、ヒヴァ・イチャンカラのクトゥル・ムラド・イナック・メドレセの中にあり、女性の自立支援を目的として伝統的な絹織物「アトラス」を使って制作した小物を販売しています。

 

注目される米中覇権争いの”型”

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 新天皇が即位し、元号が令和となってからすぐの5月25日、トランプ大統領国賓として来日した。日米間の政治的議題としては日本の農産物輸入の拡大や北朝鮮の完全非核化などについて議論することになっていたが、安倍首相の真の思惑は新天皇国賓第一号としてトランプ大統領宮中晩餐会に招き歓待することだっただろう。

 アメリカは15世紀、16世紀にかけてスペイン、ポルトガルによって発見された新大陸である。大航海時代(15~17世紀中頃)は、インド、東南アジアを巡りアジア地域に進出。大西洋方面ではアメリカ、中南米まで出かけ未開発地域を開発していった。しかし、スペインに対抗してイギリスが海洋進出を始め、スペインの無敵艦隊を破ると世界の海や地域はイギリスの支配下に入っていく。イギリスは世界に植民地を持ち“太陽の沈まぬ国”とまでいわれる覇権国になるのだ。

 一方で社会主義国家建設を目指して勢力を拡大してきたのがソビエト連邦である。隣接する東ヨーロッパ諸国を傘下に治め、自由主義、民主主義を標榜する西欧諸国と衝突をくり返し、ついに第二次世界大戦を引き起こすまでに至る。この時、西欧諸国の呼びかけに応じたのはヨーロッパを故郷とするアメリカだった。アメリカにはヨーロッパの人々が新天地を求めて大勢の人々が渡り、新しい文化・文明を築きあげ、ソ連と並ぶ大国に成長・発展していたのである。欧州諸国はソ連との戦争に勝ち目がなくなってきた時、アメリカに支援を求めソ連を欧州の地からようやく追い出すのだ。と同時にアメリカの軍隊が欧州の地に残ることを要請し、ここにNATO(北大西洋条約機構)軍が誕生し、ソ連・東欧を中心とするワルシャワ条約機構軍とソ連が崩壊する1991年まで世界は米・ソ二極の対立の時代が続いたのである。

 今のソ連には社会主義経済政策の失敗から往年の力はなく、代わって台頭してきたのが市場主義的な社会主義国家政策をとる中国だ。民間の企業経営を国の産業政策や補助によって育成し、ここ20年でアメリカと肩を並べるほどの力をつけてきた。宇宙・科学から日常の工業製品、家庭用品まで先進国に劣らない製品を作るようになっている。

 このため世界の経済競争、軍事、科学などの対立は「米ソ」から「米中」へと移り、いまや関税をかけ合う米中貿易戦争へと進んできた。

 いま世界はこの二大国の争いをじっとみつめている。ともに大人口を抱える消費市場であり貿易相手国にとっては両国ともゆるがせにできないからだ。日本や英語圏の国々はアメリカに寄り添いつつあるが、イタリア、フランス、ドイツなどは中国との貿易も大事にしており、通貨の決済も「ドル」から「元」に変えるところが増えてきている。

 1、2年ほど前までは、中国がアメリカと正面から対抗することは殆んどなかった。しかし、トランプがアメリカ第一主義を唱え始め、自国優先の思想を露骨に表に出し始めてきたせいか、今や中国は一歩も引かない構えなのだ。世界はまた再び覇権を巡る争いの時代にきているのかもしれない。覇権の交代は一体、何をきっかけに、どのようにして行われてゆくものなのか。過去の歴史を顧みながら、現代の覇権交代の経緯をつぶさにみておきたいものだ。

 覇権国には広大な国土、世界有数の人口、軍事力、経済競争力、それらを総合した“国力”などが備わり、覇権国になるという強い意志を持たないと覇権を握ることはできない。この数年でその条件を整えてきたのは中国だ。これまで覇権を握っていたアメリカはアメリカ第一主義を唱え、ディール(取引)によって相手国に打ち勝とうとしており、これまでの覇権の概念とは違った手法をみせ始めている。これに対し、中国は従来型の覇権を目指しているように見え、今後、米、中の争いが、どんな展開を辿るのか注目される。
TSR情報 2019年10月2日】

13日 TBSラジオ『嶌信彦 人生百景「志の人たち」』 ゲスト:「グレートジャーニー」探検家で医師の関野吉晴氏 2夜目 音源掲載

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スタッフからのお知らせです。

12日から13日にかけ、日本を襲った台風19号の影響による大雨や強風などの被害に遭われた皆様に、謹んでお見舞い申し上げるとともに一日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。

13日のTBSラジオ 
『嶌信彦 人生百景「志の人たち」』(21:30~)はテレビ特番『グレートジャーニー』でおなじみの探検家で医師の関野吉晴氏をお迎えした2夜目をお届けいたしました。

「グレートジャーニー」として南米からアフリカまでを自転車などで踏破。その後も「新グレートジャーニー」として日本列島に来た人々のルートを、丸木舟などでたどったこられた探検家としての壮絶な人生観につきお伺いしました。

前回のアマゾンで出会った先住民族の人たちとの関野氏流の接し方や、イギリスの考古学者が「グレートジャーニー」と名付けたルートを、徒歩や自転車、カヌーなど、自分の脚力と腕力だけで逆向きにたどりたいと思って始めた旅につきお伺いした放送音源は、今週水曜正午まで番組サイトにてお聞きいただけます。

次週も引き続き関野氏をお迎えし、学生の頃に探検に興味を持たれた理由、自ら探検部を作りアマゾンに行ったときのエピソード、孫たちの世代に残す地球を考え取り組まれていることなどについてお伺いする予定です。

10月17日の午後7時から、武蔵野美術大学公開講座東京ミッドタウンデザインハブに関野氏が登壇されます。『「人類の身体と道具と社会のデザイン」を学ぶ! 』詳細は以下リンクを参照下さい。

関野氏が上梓された書籍の一部をご紹介いたします。合わせて参照下さい。

米中、香港問題でも対立

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■香港で突っ張りあう米中
中国は1989年の天安門の大デモの際、軍隊を出動させて鎮圧した。この時、学生を中心に50万人が参加し民主化などを要求した。中国国民は学生らの要求に理解を示したものの、中国政府は市民の民主化、自由化政策には厳しく対応し続けてきた。天安門事件は東欧の民主化運動につながり、遂には旧ソ連邦の崩壊にまで至った。しかし中国では自由化の風は吹かなかった。特に習近平政権になってからこの傾向が強まり、国民の不満は内にこもってエネルギーを蓄えているようにみえる。

 

続きは、本日配信のメールマガジンまぐまぐ」”虫の目、鳥の目、歴史の目”にてご覧ください。(初月無料)

 

続きに掲載されている本記事の見出し
■習政権の締め付けは厳しくなるばかり
深センを育て香港を痛める?
■軍事強国もアピール
■米中貿易戦争で中国経済は減速へ

新刊 角川新書「伝説となった日本兵捕虜 ソ連四大劇場を建てた男たち」の書評が日刊ゲンダイとサンデー毎日に掲載されました

『伝説となった日本兵捕虜』の舞台ウズベキスタン・タシケント市『ナボイ劇場』内にて

『伝説となった日本兵捕虜』の舞台ウズベキスタンタシケント市『ナボイ劇場』内にて

スタッフからのお知らせです。

9月7日に角川新書より発売された嶌の『伝説となった日本兵捕虜』の書評が日刊ゲンダイサンデー毎日に掲載されました。


本書は、ウズベキスタンタシケント市に実在する旧ソ連の四大オペラハウス『ナボイ劇場』を満州から抑留された日本兵たちが建築に携わった秘話をノンフィクションとして記したものです。4年前に『日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた』として発売された単行本を加筆、修正し新たに新書として発売されました。

日刊ゲンダイ(10月9日付)

 第2次世界大戦末期、終戦の数日前に参戦したソ連軍は約50万人もの日本兵を捕虜とした。その多くがシベリアに抑留されたことはよく知られている。

 一方で、満州から遠く離れた中央アジアウズベク(現ウズベキスタン、当時はソ連領)まで連れていかれ、劇場建設の特殊任務についた捕虜たちもいた。彼らが現地の人々と建設し、その後の大地震にもびくともせず、今も当時のままの姿を保つ「ナボイ劇場」は、旧ソ連時代には4大劇場のひとつに数えられていた。

 本書は、今も一帯の国々に日本人伝説として伝わる、そのナボイ劇場の建設に携わった永田行夫隊長以下457人の旧陸軍航空修理廠の工兵たちの戦いを描くドキュメンタリー。

壮麗な彫刻が美しい『ナボイ劇場』内部

壮麗な彫刻が美しい『ナボイ劇場』内部


サンデー毎日「SUNDAY LIBRARY」岡崎 武志氏の評(サンデー毎日 2019年10月20日号より毎日新聞 Web10月8日付)

1966年、当時ソ連領のタシケントを直下型大地震が襲う。市中が壊滅状態にある中、悠然と姿を変えず建っていたのがナボイ劇場だった。堅牢(けんろう)な造りと美麗な内装もそのまま。これこそ第二次大戦後、捕虜となった日本兵による建築だった。嶌(しま)信彦『伝説となった日本兵捕虜』は、知られざる大事業を伝えるノンフィクション。敗戦直後から2年間、旧陸軍の工兵たち457人が、隊長の指揮のもと「日本人として恥ずべき仕事はしない」という誇りと意地で偉業を成し、伝説となったのだ。

日曜(13日) TBSラジオ『嶌信彦 人生百景「志の人たち」』 ゲスト:「グレートジャーニー」探検家で医師の関野吉晴氏 2夜目

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スタッフからのお知らせです。
日曜(13日)のTBSラジオ 
『嶌信彦 人生百景「志の人たち」』(21:30~)はテレビ特番『グレートジャーニー』でおなじみの探検家で医師の関野吉晴氏をお迎えした2夜目をお届けする予定です。

「グレートジャーニー」として南米からアフリカまでを自転車などで踏破。その後も「新グレートジャーニー」として日本列島に来た人々のルートを、丸木舟などでたどったこられた探検家としての壮絶な人生観につきお伺いいたします。

前回のアマゾンで出会った先住民族の人たちとの関野氏流の接し方や、イギリスの考古学者が「グレートジャーニー」と名付けたルートを、徒歩や自転車、カヌーなど、自分の脚力と腕力だけで逆向きにたどりたいと思って始めた旅につきお伺いした放送音源は、来週水曜正午まで番組サイトにてお聞きいただけます。

 

関野氏が上梓された書籍の一部をご紹介いたします。合わせて参照下さい。

行く先々での素晴らしい歓待に感激

世界遺産 ヒヴァ・イチャンカラ遺跡、ミナレットからの眺め

世界遺産 ヒヴァ・イチャンカラ遺跡、ミナレットからの眺め

スタッフからのお知らせです。既報の通り、嶌が会長を務める日本ウズベキスタン協会主催の20周年記念旅行が開催され、9月6日から13日までウズベキスタンに行ってきました。参加された方より続々と感想が寄せられています。今回の旅行の写真とともに紹介します。

今回は、日本ウズベキスタン協会会員の笠井嘉時さんからの寄稿文を紹介します。笠井さんは、ロシア語が非常に堪能で、今回の旅行中は現地の方々とロシア語で積極的に話されており、非常に楽しまれていらしたことが印象的でした。

以下、笠井さんの文章をご紹介します。

笠井嘉時さん

笠井嘉時さん

 極めて密度の濃い旅程でありましたが、その行く先々で素晴らしい歓待を受けることが出来たのが印象的でした。ヌクス空港に降り立った瞬間の出迎えの演奏、ウルゲンチで鑑賞した民族舞踊、各地政府の方々より直接厚遇を受けたこと等、忘れ得ない思い出となりました。通常のツアーでは到底味わうことが出来ないものであり、協会とウズベキスタンとの強い信頼関係によるものであると感じました。

ウルゲンチでの歓迎のウズベクダンス

ウルゲンチでの歓迎のウズベクダンス

カラカルパクスタン共和国の首都ヌクス空港での歓迎の演奏と美女達がパンと塩で歓待

カラカルパクスタン共和国の首都ヌクス空港での歓迎の演奏と美女達がパンと塩での歓待

 天候にも恵まれ、晴天の元で眺めたイチャン・カラ遺跡やレギスタン広場の青い壁もまた胸に残る見事なものでありました。「サマルカンドブルー」は背景に抜けるような青空があることを前提として作られた作品なのではないでしょうか。

サマルカンド レギスタン広場正面の神学校「ティリャー・コリーモスクマドラサ」

サマルカンド レギスタン広場正面の神学校「ティリャー・コリーモスクマドラサ

 今回私は一人で参加致しましたが、数々の得難い経験を共有する中でいつしか自然と同行の方々と馴染むことが出来、1週間という短い滞在期間の後半には全参加者28人それぞれが皆かねてからの知り合いであるかのように打ち解けていたのがなんとも不思議な感覚です。

サマルカンド レギスタン広場前での集合写真

サマルカンド レギスタン広場前での集合写真

次はいつウズベキスタン渡航の機会を得られるか、早くも心待ちにしております。