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新たなスター?〝ミスター日銀〟

 派手ではなく地味な人物だが、決して安易に妥協したり、軸がぶれることのない人、というのが黒田東彦68)・新日銀総裁の印象だ。大蔵省で国際金融のトップとなる財務官の座についていたのは1999年から2003年。それ以前は国際金融局長として97年のタイや韓国の通貨危機に際し、取りまとめに奔走した。2000年前後の円高局面では積極的なドル買い・円売り介入を行なってアメリカと渡りあったこともある。

 

 日本の財務官で有名なのは〝ミスター円〟といわれた榊原英資元財務官である。榊原氏は黒田氏の一代前の財務官で、当時の黒田国際金融局長と組んで超円高是正を実現し一躍名を馳せた。榊原氏はズケズケと物を言い、派手な性格もあって、〝ミスター円〟として有名になりすぎたため、黒田氏の存在は薄れていたが、実務をとり仕切り地味に円高是正に取組んでいたのが黒田氏だった。

 

 黒田氏は日本経済が金融不安に襲われているとき、世界の金融界に大きな影響力をもつ英フィナンシャル・タイムズに「日銀は物価水準を決めて大胆に世の中に出回るお金の量をふやすべきだ」とインフレ目標を目ざす論文を寄稿(02年)したこともある。榊原氏とは好対照な地味な人柄だが、理論派で芯の強い人というのが周囲の評判だ。私も何度かインタビューしたり、話したこともあるが、芯の強さを表に出さずいつも温厚な紳士だった印象が強い。財務官を退官した03年以降、一橋大学教授などを経て05年からフィリピンのマニラに本拠を構えるアジア開発銀行の総裁となり世界銀行など国際金融機関のトップとして信頼を集めてきたバリバリの国際派でもある。ただ二期目の任期をまだ4年残しており、次期アジア開銀総裁の席を中国が狙っているとウワサされるため、これまで日本人総裁で続いてきたポストをどうするか。アジア地域とアジア金融の重要性が高まっている折だけに、後任人事は日銀総裁と同様に重要な意味をもつ。黒田氏と安倍首相、財務省の力量が問われることになろう。

 

 日銀の総裁、副総裁は国会の同意がないと発令できない。民主党政権時代に財務省出身の武藤敏郎氏らが〝財務省主導〟の懸念で同意せず決まらなかった記憶が新しい。今回はみんなの党などを除けば民主党も賛成にまわるため意外にすんなり決まるだろう。この辺にも安倍政権の野党への根回し、アベノミクス効果による円安、株高効果などがあって野党もほぼ同意する様相だ。

 

 安倍政権は、今回の日銀人事でいったん静まるかにみえた株高、円安に再びエンジンの火を吹かせた感がある。前回の安倍政権時代の失敗があるため菅官房長官を中心とする官邸が何事においても慎重に事を運び、謙虚な姿勢でのぞんでいることがわかる。経済効果で7月の参院選挙を勝ちたい戦略だろうが、景気上昇が定着し賃金アップといった目にみえる効果が出ないうちに持論の憲法改正や安保論に比重を移すと、シッペ返しを食う懸念もある。国民生活安定まであまり事を急がない方が賢明に思える。【財界 2013年3月26日号 第347回】

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