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ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

寒々しい五輪風景

f:id:Nobuhiko_Shima:20120803114105j:plain 画像は槇文彦氏サイト より

 槇文彦氏(86)。新国立競技場の計画を白紙に戻させた話題の人だ。政治とほぼ無縁で、建築家として世界的に有名な槇氏が新国立競技場の建設に対し異議申し立てをしたのは2014年だった。その後も一貫した立場を貫いてきただけに、紳士で物静かにみえる槇氏の一過性ではない持続的な怒りに耳を傾ける人が増えていた。

 それでも7月17日に安倍首相が突然、建設計画を白紙に戻す、と宣言した時には、多くの人が耳を疑った。反対論が増えていたものの、五輪計画を推進していた政府首脳らは専門家や国民の声に一顧だにする気配も示していなかったからだ。

▽ゼロから全く見直すとはいま現在考えていない(6月12日、下村文科相

日本スポーツ振興センター(JSC)有識者会議が総工費2520億円の建設計画を了承(7月7日)

▽安易にデザインを変更することは日本の国際的信用を失墜しかねない(8日、菅官房長官

▽遠藤五輪担当相、舛添要一都知事と会談し建設費負担を協議(8日)

▽JSC、スタンド部分を大成建設と35億円で契約(9日)

▽現段階では国際コンペをやって新デザインを決め基本設計を作るとなると時間が間に合わない(10日、安倍首相)

▽新競技場を50年後も70年後もレガシーとして使える名所として残そうというのが我々の考えだ(11日、森元首相

▽新聞の世論調査で新国立建設計画に反対71%、賛成18%(13日)

▽与党、衆院特別委で安全保障関連法案の採決決行(15日)

▽私は、現在の計画を白紙に戻しゼロベースで見直す決断をした(17日、安倍首相)

 槇氏は慶応幼稚舎から大学まで進んだが、途中で建築家を目指し慶応大学を中退、建築学科のある東大へ入り直し、丹下健三研究室へ。その後ハーバード大学院に留学し、卒業後はハーバード、ワシントン大学などで教鞭をとった。その間、原宿のヒルサイドテラスの建築など内外の様々な建築に携わり、建築界最高峰のアメリカ・プリツカー賞日本建築学会賞など多数の大賞を受けている。

 積極的に推進していた森元首相は白紙撤回が決まると「私は元々あのデザインは生ガキがドロッとたれているようで嫌いだった。」と発言し、その弁解に多くの人は唖然としたが、槇氏は、最初から「巨大すぎるし、景観、安全やコストの面から問題が多過ぎる」と警鐘を鳴らし、何度も論文やシンポジウム、講演などを行なっていた。知性的、地味で穏かな人柄。ブームを起こすような手法はとらなかったが、槇氏の説得はジワジワと良識ある人や国民の間で聞かれ、広がっていたのだ。

 「都市とはできるだけ開かれていて建物と人間の間にヒューマンな雰囲気が作られないと楽しい場所にはならないと思う。私たちが次の世代に残す都市のメッセージは”東京のもつ穏かさ”ではないか」「経済が成長すれば、巨大建物はどこまでも大きく高くできる。今の代々木の国立競技場は歴史のある風致地区に違和感なく近代建築が溶け込んでいる。木々に囲まれた散歩道があって落ち着いている」「今度の新デザインだと目前にむき出しのコンクリートの壁が威圧的にそそり建つ。しかも実際に稼働するのは1年のうち50~60日。残りの300日は壁が立ちはだかる沈黙の土木架構物。それなら無蓋の競技場にし、子供たちが遊べる施設にした方がよほど神宮の森に似合う穏かな歴史地区となるだろう」

 突然の安倍首相の白紙撤回の裏には各種世論調査の支持率急落があった。誰もスポーツ、環境・文化哲学をもたず、無責任体制で事を進めた挙句、ひと声で白紙撤回へ。何とも寒々しい政治と日本の風景だ。

【電気新聞 2015年7月30日】