時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

日曜 TBSラジオ『嶌信彦 人生百景「志の人たち」』 ゲスト:作曲家 浜圭介様 二夜目

f:id:Nobuhiko_Shima:20180510133626j:plain

スタッフからのお知らせです。

日曜(24日)のTBSラジオ『嶌信彦 人生百景「志の人たち」』(21:30~)は、ゲストに大ヒット曲「石狩挽歌」や「終着駅」などを手掛けられた作曲家の浜圭介様をお迎えする二夜目をお届けいたします。

森昌子様をイメージチェンジするための曲を作った時のエピソードや、大ヒット曲「そして神戸」「街の灯り」「雨の慕情」などの誕生秘話。浜様がこだわる作曲作法や、歌謡界のこれからについてお伺いする予定です。 

前回の札幌で高校在学中に知人が応募したオーディションに合格。歌手から作曲家に転身した経緯や、当時40万枚のセールスを記録した大ヒット曲「終着駅」「石狩挽歌」「哀しみ本線日本海」「舟歌」などの誕生秘話をお伺いした放送音源は来週水曜正午までの期間限定で番組サイトにてお聞きいただけます。


参考まで、上記に記載した音源を共有いたします。今なお歌い継がれている素晴らしい歌をお楽しみください。

 合わせて、浜様が手掛けられた歌が収録されたアルバムの一部をご紹介いたします。

二人三脚の相方だった岸井記者の早すぎた死

f:id:Nobuhiko_Shima:20180619145948j:plain

 友人で毎日新聞に同期入社した岸井成格(しげただ)氏が5月15日に亡くなってしまった。肺腺がんだった。一時は回復していたが、今年に入り再び体調を崩し遂に還らぬ人となってしまった。まだ73歳。政治記者としてこれからさらに円熟味を出してゆく個性派記者だった。

 私と岸井は1967年に毎日新聞に一緒に入社した同期でワシントン特派員も一緒に過ごした。入社試験のあった1966年は"40年不況"の直後で、入社人数は例年の3分の1程度と少なかった。入社するとまず地方支局へ行き、その地方の社会、政治などを担当し4年ほど修業してから本社へ行く慣わしだった。地方で一通りのことを学び、その間に地方版紙面を作るのだ。私は東北の秋田でみっちり先輩記者三人にしごかれ、岸井は九州の熊本で初任地を迎えていた。

f:id:Nobuhiko_Shima:20180619150153j:plain

 東京本社では岸井が政治部、私は経済部へ配属された。政治は自民党の天下で自民・社会の55年体制の真っ只中にあった。一方、経済は日本が高度成長への足がかりをつかみ、二度の石油ショックにもめげずGNP大国へと突き進んでいる最中だった。

 政治は三(木)、角(栄)、大(平)、福(田)、中(曽根)が覇を競い、とりわけ田中角栄の列島改造、高度成長路線と福田赳夫の安定成長路線が雌雄を決し合っていた。また、経済では日本企業が世界に輸出攻勢をかけ日米が経済摩擦で火花を散らしあう時代だった。まさに政治と経済が一体化し熱気にあふれていた。私も岸井も30~40歳台で血気盛んな中堅記者だったように思う。

 特に政治と経済が密接な関係にあり、日米問題も絡むことが多かっただけに、二人で情報交換を密接に行ない連日のように連絡を取り合っていたものだ。なかでも面白かったのが政治と経済の人の動きを追いながら世の中の動きを予測したり、時には「こうあるべきだ」などといった解説記事やキャンペーンを張ったりしたことだった。

 岸井はそのまま政治部一筋で政治部長、編集局次長などになり管理職の道を歩むが、私は管理職より現場にいた方が肌に合っていると思い、管理職の道を断り45歳のときに毎日を退社。フリージャーナリストの道を選んだ。ただ二人の関係はその後も変わらず、情報交換や共通の勉強会、会合をいくつも持って今日まで至ってきた。

 岸井は喋りが上手かったので途中から主戦場をテレビに移し記者時代以上に社会に影響力を及ぼしたように思う。ただ残念だったのは喋る時間が短かったことだ。これから一層のベテラン記者として単なる解説ではなく日本政治秘史などから見た、日本論をもっと語ってもらいたかった。
【財界 2018年6月26日号 第473回】

昨日、開催された岸井様のお別れの会には政界、メディアなど多くの方が参列されました。毎日新聞の号外も配布され、嶌も寄稿しております。毎日新聞サイトに当日の様子を撮影した動画などが掲載されておりましたので、参考までリンクを掲載いたします。

画像は、岸井様のお別れの会にてパネルとして展示いただいた一部を掲載しました。
・トップは81年秋に駐在先のワシントンで撮影したもの。左から支局のアシスタントのメアリー・トビン様、中島様、岸井様、嶌。

・次の画像は、82年のワシントンでの納会の様子。

日本ウズベキスタン協会の総会およびウズベク大使やウズベク語講座講師をお招きしたトークショーが無事終了しました

f:id:Nobuhiko_Shima:20180619134510j:plain

スタッフからの報告です。

土曜日にウズベキスタン協会の総会が開催されました。雨も降らずおかげさまで満員盛況となりました。お越しいただきました皆様には感謝申し上げます。

今回、一般の方もこのイベントに興味を持ってくださりご参加くださいましたことを重ねて御礼を申し上げます。

f:id:Nobuhiko_Shima:20180619161657j:plain

まず、川端理事長が議事を進行し、昨年度の活動報告と新年度の予算を承認いただきました。貴重なご意見も頂き、今年度も昨年度同様日本とウズベキスタンの架け橋として活動してまいります。

f:id:Nobuhiko_Shima:20180618173808j:plain

総会後、まず2月に赴任されたばかりのガイラト・ファジロフ駐日ウズベキスタン共和国大使をゲストにお招きし、嶌が日本の印象や、ご家族の話、今後日本で取り組みたいことなどをうかがいました。日本とウズベキスタンの友好にさらに取り組んでいかれる意気込みも語ってくださいました。参加された皆さんも興味深く聞き入っておられました。

f:id:Nobuhiko_Shima:20180619135420j:plain

その後、ウズベキスタン協会のウズベク語講座で講師を務めるフェルザホンさんから、プロフは地域にとって特性があるなど、興味深いウズベキスタンの食生活の話や、日本料理ではうなぎが大好きという話など語ってくださいました。非常に明るい人柄で、時折り笑いが出るなど終始明るく会場を巻き込んで下さり、非常に盛り上がりました。

f:id:Nobuhiko_Shima:20180619135833j:plain

その後、今年度から新規法人として入会下さった公益財団法人高崎財団の副理事長であり高崎アリーナの館長を務める結城光夫様より2020年東京オリンピックのホストタウンとして登録された取組に関するお話をしていただきました。

ウズベキスタンは新体操の強豪国でリオ五輪や世界三大大会のイオンカップへの選手団派遣などの実績があり、9月下旬に開催予定のイオンカップ世界クラブ選手権にもウズベキスタンの選手の出場が予定されており、オリンピック事前合宿の誘致に力を入れているなど取組みに力を入れていると取組みをご紹介くださいました。

f:id:Nobuhiko_Shima:20180619141128j:plain

最後に、毎年8月に行なわれているウズベキスタン出身のピアニスト、アレクセイ・スルタノフの記念コンサートに開催のご案内を頂きました。開催から10周年の節目の今回で最後の開催となられる集大成の開催とお話くださいました。コンサートは8月3日(金)18時30分より東京文化会館小ホールにて開催されます。詳細は以下チラシを参照ください。

f:id:Nobuhiko_Shima:20180619144402j:plain

昨日 TBSラジオ『嶌信彦 人生百景「志の人たち」』 ゲスト:作曲家 浜圭介様 音源掲載

f:id:Nobuhiko_Shima:20180510133626j:plain

スタッフからのお知らせです。

昨日のTBSラジオ『嶌信彦 人生百景「志の人たち」』(21:30~)は、ゲストに大ヒット曲「石狩挽歌」や「終着駅」などを手掛けられた作曲家の浜圭介様をお迎えいたしました。

札幌で高校在学中に知人が応募したオーディションに合格。歌手から作曲家に転身した経緯や、当時40万枚のセールスを記録した大ヒット曲「終着駅」「石狩挽歌」「哀しみ本線日本海」「舟歌」などの誕生秘話をお伺いしました。

今回、1曲作るのに、5、6曲作った中から1曲を選んできたことからこれまで作った曲は3000曲弱。「石狩挽歌」からの転換、日本歌謡界の歴史など貴重なお話が続きました。

次週も引き続き浜様をお迎えし、森昌子様をイメージチェンジするための曲を作った時のエピソードや、大ヒット曲「そして神戸」「街の灯り」「雨の慕情」などの誕生秘話。浜様がこだわる作曲作法や、歌謡界のこれからについてお伺いする予定です。どうぞご期待ください。 

参考まで、上記に記載した音源を共有いたします。今なお歌い継がれている素晴らしい歌をお楽しみください。

 合わせて、浜様が手掛けられた歌が収録されたアルバムの一部をご紹介いたします。

日曜(17日) TBSラジオ『嶌信彦 人生百景「志の人たち」』 ゲスト:作曲家 浜圭介様

f:id:Nobuhiko_Shima:20180510133626j:plain

スタッフからのお知らせです。

日曜(17日)のTBSラジオ『嶌信彦 人生百景「志の人たち」』(21:30~)は、ゲストに大ヒット曲「石狩挽歌」や「終着駅」などを手掛けられた作曲家の浜圭介さんをお迎えいたします。

札幌で高校在学中に知人が応募したオーディションに合格。歌手から作曲家に転身した経緯や、当時40万枚のセールスを記録した大ヒット曲「終着駅」「石狩挽歌」「哀しみ本線日本海」「舟歌」などの誕生秘話 をお伺いする予定です。 

参考まで、上記に記載した音源を共有いたします。今なお歌い継がれている素晴らしい歌をお楽しみください。

 合わせて、浜様が手掛けられた歌が収録されたアルバムの一部をご紹介いたします。

アメリカ第一の綻びも?

f:id:Nobuhiko_Shima:20180614150343j:plain

 トランプ大統領は頑固で、一度言い出したら滅多に自説を引っ込めない。安倍首相は4月下旬、アメリカのTPP(環太平洋パートナーシップ協定)への復帰を促したが、トランプ大統領の返事は案の定「NO」だった。安倍首相はゴルフ外交で気分を解きほぐしてからと考えたようだが、まるで通じなかった。

 そこで安倍首相は、日米の貿易、投資を拡大し自由で開かれたインド太平洋地域の経済発展を実現するため茂木敏充経済再生担当相と米通商代表部(USTR)のライトハイザー代表による新たな協議を始めたいと持ちかけた。新協議はスタートすることになったものの、トランプ大統領はその時も巨額のアメリカの対日貿易赤字について言及し、日本市場に障壁があると強い不満を表明した。日本に対するアメリカによる鉄鋼アルミニウムの輸入制限についても二国間協議で合意に達しない限り輸入制限を除外しないと言明した。

 アメリカの貿易赤字は、2017年で7962億ドルに達し、うち中国が47%を占めている。日本、メキシコ、ドイツはいずれも8%台だが、日本からアメリカへの主な輸出品目は自動車が全体の30.4%を占め、次いで一般機械(22.5%)、電気機器13.5%──などとなっている。アメリカから日本への輸出では牛肉が最大の目標だが、アメリカ産の関税は38・5%と高く、TPP参加国のオーストラリアの関税は最終的に9%まで下がる可能性が高くこのままだと米国産牛肉は豪州産に負けてしまう。日本としては日米二国間交渉で言いなりになるか、あくまでもTPPの正論で押すか、また厄介な選択を迫られそうだ。

 二国間交渉になると、アメリカは軍事力、経済力、政治力などを利用して優位な立場を取れる。過去の貿易交渉でも日本側が自主的に規制したり、課徴金を払うなどして常にアメリカの主張に泣かされてきた。

 現在の貿易交渉はアメリカと中国の間でも知的財産、自動車、農産品などでぶつかり合っている。かつての自由貿易主義の旗頭だったアメリカは、トランプ政権になってから"アメリカ・ファースト"を唱え、自由貿易原則などを顧みなくなっている。アメリカが保護主義的政策を取り、中国が自由貿易を主張するなど立場が入れ替わったりしているのだ。

 しかも中国は一帯一路構想、上海協力機構アジアインフラ投資銀行創設、インド洋周辺国への援助、EUとの貿易拡大など大きな構想力で世界を取り込もうとしている。

 むろん中国の強引なやり方に反発も強いが、アメリカはいつまでアメリカ第一を貫けるか、ここ1年が米中貿易・経済戦争の勝負どころとなろう。
【財界 2018年6月12日号 第472回】

急増する外国人労働者 

f:id:Nobuhiko_Shima:20180612181350j:plain

 日本で働く外国人労働者が昨年過去最高となった。厚生労働省によると、2017年10月末に外国人労働者数が128万人になり、日本の総雇用者総数の約2%を占める水準になったという。特にこの5年間で急増し、60万人に及んでいる。

 外国人労働者の受け入れについては、10年位前までは日本人の雇用機会を奪う、治安が悪化する、などと懸念され、国民世論全体として消極的だった。しかし、ここ数年の少子高齢化の進行による各分野での労働力不足が深刻となり、贅沢を言っておられず背に腹を代えられなくなってきたのが実情のようだ。

 外国人の労働現場としては工場や道路工事、サービス産業などが目立っている。国籍別では中国が37万人と全体の29.1%を占める。次いでベトナムの18.8%、フィリピンの11.5%、ブラジル9.2%、ネパール5.4%などと続いている。資格別では労働現場で外国人労働者を実習生として受け入れる技能実習制度の在留資格が最も多く25万8000人、留学生が26万人。また高度人材などの専門的・技術的分野も約24万人で19%近く増えている。日本は建て前として単純労働者の受け入れを認めていないが、技能実習の約8割は工場か建設業、留学生の過半数は卸小売りかサービス業で働いているのが実態だ。

 戦後、中心的に産業を担ってきたのは、いわゆる団塊世代(1945~47年生まれ)で、毎年230~250万人が生まれ、その団塊世代の子供世代(団塊ジュニア)も年間200万人ほど生まれていた。しかし、いまや団塊世代は70歳台、ジュニア世代も40~50代となり、日本の平均年齢は47歳と高齢化してしまっている。ちなみにインドの平均年齢は26~27歳と若々しい。

 しかも日本は少子化時代を迎えており、現在の出生率(1.44人)が続くと2050年には日本の人口は1億人を切り、2080年には8千万人を下回るし、2100年には今の人口統計から推計すると4100万人まで減るとさえいわれている。

 江戸時代に3000万人強だった人口は増え続け、敗戦後の昭和20年は一時減少したが、それでも7千万人といわれた。それが戦後の高度成長で67年には1億人に達し、現在は1億2653万人まで増えている。この人口の伸びがあって日本は国力を伸ばし、日本人の勤労精神と相まって世界第2位のGDP大国にまで成長したのだ。まさに人口増こそが日本の成長の源だった。

 ところが今や人口減少、働き手不足を肌で感ずるようになり、様々な理屈をつけ外国人労働者を入れ、補っているのだ。しかし現在のやり方は、どうみてもその場しのぎの手法としかみえない。日本は外国人労働者とどう向き合うのか。本気で対応を考えておかないといずれ国家間の摩擦にまで発展する危険性すらあろう。

 労働人口減少を補う対応として外国人労働者の雇用だけでなく、日本人女性や高齢者の雇用も増えている。どのケースも減少する日本人労働者の補完としてみるだけでなく、賃金や権利、教育、日本人労働者とのバランスなどを国として考えておくべき時代に来ていると思う。グローバル化となり、これまで以上に人権の重視や多様性の尊重などが重要視されてきた。敬意を表される国になりたいものだ。 
【電気新聞 2018年5月10日】

参考情報:政府がかねてから検討していた外国人労働者の受け入れ拡大策を6月5日に開催した経済財政諮問会議にて安倍首相が人手不足が深刻な建設や農業、介護など5業種を対象に2019年4月に新たな在留資格を設けることを表明しました。6月中旬の閣議で決定する「経済財政運営の基本方針(骨太の方針)」に新資格の創設を明記し、今秋の臨時国会に入国管理法改正案を提出する予定です。