時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

貧困層ビジネスの可能性

――インド財閥系企業の高成長――

 1日200円以下で暮らす人々の層のことを低所得層、貧困層と呼んでいる。人口ピラミッドの底辺にあたることからBase Of Pyramid(BOP)とも呼ばれている。その数は世界人口の7割を超え40億人とされる。考えてみれば、所得は低いがとんでもない巨大なマーケットが存在していることになる。しかも、低所得層、貧困層がいつまでも、そのままの状態なら企業家たちは少しも食指を動かさないだろう。

 しかし、貧困層が低所得層へ、低所得者層が中間層へと階段を上りはじめる時代が来るとしたら、今からBOP層の動きをしっかりと分析し、その層のニーズをつかんでおくことは5~10年後の大きなチャンスをつかみとることにつながろう。

 実は、そうしたBOP層に目をつけ、着実に成長している企業が、インドにはたくさん増えてきているのである。そのひとつがインドの中堅・大手財閥にのし上がってきているゴドレジ財閥だ。創業は1897年と古く、もともとは鍵の製造から始まり、石鹸の製造で飛躍したと言われる。現在は、日用品、家電、小売、農業、化学品、不動産など幅広く手がけ、今やグループの売上高は2014年度に50億ドル(6,000億円)に上っているという。

 BOP層は、所得が1,500ドル以下の最下層(貧困層)が世界で20~30億人、1,500ドルから3,000ドルに達する中所得層10億人以上で、BOP層全体で世界に40億人、500兆円市場に膨れているとされる。ちなみに所得が3,000ドルから2万ドルでの中流以上が15億人から17.5億人、2万ドル以上の上流層は7,000万人から1億人と見られている。日本の場合、非正規社員が働く層の約3分の1を占め、その所得は半分以上が年間平均200万円、高い人は300万円とされるから日本にもBOP層が増えていることになる。これは、80年代以降の労働規制緩和で、企業にしばられず自由に働ける方が良いとする社会的風潮が後押しした。80年代はバブル期で会社を辞めても高賃金の職をたやすく見つけられたから、労働者もあまり抵抗なく受け入れてしまったのである。

 

――ターゲットはBOP層500兆円――

 しかし、バブルが崩壊し、“失われた20年”の時代になると、企業は正社員の新規採用を極端に減らし、いつでも解雇できる非正規雇用を増やしていく。しかもここ20年間、時間あたりの給与はほとんどあがらず、その状況は今も続いているわけである。いわばBOP層は、かつて貧困国といわれたアフリカや中南米、アジア、西南アジアなどに限らず、全世界に広がっているのが実情である。

 BOP市場規模は約5兆ドル(500兆円)とされるが、地域別にみると中南米3,743億ドル(7.4%)、東欧3,703億ドル(7.4%)、アフリカ3,371億ドル(6.7%)に対しアジアは断トツの2兆9,868億ドル(59.7%)に上り、アジア地域が全体として貧困層中所得層への階段を急速に上ってきていることがわかる。

――BOPは将来の中間層――

 その中でも12億人の人口を抱え、ITとソフト産業で急速に台頭しているのがインド企業なのだ。インド企業の時価総額上位をみると情報技術のインフォシスは、4兆8,800億円(15年3月末)で6位、石炭業のコール・インディアが4兆3900億円で7位、医薬品のサン・ファーマシューティカル・インダストリーズが4兆600億円で8位といった具合だ。有名なタタ自動車は2兆8,000億円(16位)、ウィプロ2兆9,000億円(15位)、インド国営火力発電2兆3,000億円(19位)、日本のマルチ・スズキが2兆1,000億円で20位入りしている。このほか上位には金融機関が4社、建設エンジニアリング、通信、日用品などの財閥が20位以内に入っている。

 タタは5年前に比べ純利益で600%近く伸びており、イギリスのジャガーを買収したことでも有名だ。世界的な低金利、金融余剰の状態に目をつけインド企業は世界で買収(M&A)を展開しており、日本の鉄鋼メーカーもミタルの買収を恐れて新日鐵住友金属が合併に追い込まれたほどだ。

 

――まず日用品の工夫から――

 日用品などで企業を拡大しているゴドレジグループは日本ではその名はほとんど知られていないが、純利益をこの5期で170%以上伸ばしており、グループ総帥のアディ・ゴドレジ氏(73)がインド工業連盟の会長を務めている。ゴドレジも新興国にM&Aで進出を早めており、アフリカではここ5年で売上高を100倍、アジア(インドを除く)ではインドネシアの日用品大手を買収するなどして2倍以上、中南米でアルゼンチンやチリで企業買収し3倍以上売上高を伸ばしている。

 ゴドレジの経営戦略は、商品は欲しいが所得が少ない人々に低価格商品を開発し、これを他の新興国にも広げるやり方だ。このためインドの貧困層4億人向けに、普通の半値以下の持ち運びできる小型冷蔵庫を開発した。コンプレッサーを使わずバッテリーで10度前後まで冷やす簡易冷蔵庫を作ったり、1枚1ルピーの蚊よけシート、低価格の殺虫剤、ウェットティッシュ、ヘア用品を開発しているが、研究開発費の割合は総売り上げの2%以下に抑え、人口の7割を占める農村部に販売員を数多く投入し、細かな地域のニーズを汲み上げたこまめな製品開発に取り組んでいることが功を奏しているようだ。

 日本企業ではスズキの成功が圧倒的に有名だが、ユニチャームの生理用品やベビーケア用品も徐々にシェアを伸ばしているという。

 インドの大衆が使用する日用品を扱うゴドレジは、「今後は開発費を5%位まで上げて国民がもっと喜ぶ日用品を作っていけば、インド全体の生活水準、所得も上がってきているので国内需要はもっと伸びるだろう。国内で開発したものをインドと並ぶ新興国にさらに輸出していく方針だ」と語っている。

 

――多機能、高付加価値神話から脱却を――

 インドはIT、ソフトは強いが製造業には向かないといわれ続けてきた。しかし新しいモディ政権が誕生してから規制緩和も進み“インディア40”と呼ばれる企業群がさまざまな業種でインドを引っ張り始めている。

 中国が中成長から低成長へと落ち込み始め、前々号で書いた予測が的中して、世界経済の足を引っ張りかねない状況になりつつある。そこへインドが急速に台頭、人口構成も若いだけにIT、ソフトだけでなく、日用品や工業製品、医薬品などで力をつけてくれば、眠っていたインドが中国を抜いてくるのも、現実的な視野に入ってきたとみてよいのではないか。多機能、高級・ブランド化で成功してきた日本企業は、そろそろBOP市場に本格的に参入し、今から中間層予備軍をつかむ戦略を考える時だろう。日本のアイリスオーヤマなどは、もしかしたら日本国内のBOP市場を巧みに取り込んでいるかもしれない。
TSR情報 2015年8月24日掲載】