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時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

拙著ノンフィクション「日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた」を江上剛様がアサヒ芸能の書評で紹介下さいました

お知らせ ウズベキスタン 新著ノンフィクション「日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた」

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本日発売のアサヒ芸能10月13日号の書評欄『江上剛「今週のイチ推し」』(114ページ)にて作家の江上剛様が昨年9月末に上梓した「日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた」(角川書店)を紹介下さいました。過分のお褒めを頂き恐縮ですが、ご紹介します。

※画像は江上剛様のブログより 

異国に捕えられながら和の精神を貫いた日本人たちの姿に感涙!

 第二次大戦後、多くの日本兵ソ連(現ロシア)の捕虜となった。私たちには悲惨さだけが共有されているのだが、まさか本書のような心温まる事実が、中央アジアウズベキスタンであったことを知り、心底から驚いた。

 1966年の4月、ウズベクソビエト社会主義共和国の首都タシケント市が、直下型の大地震に襲われた。しかし、国内の4大オペラハウスのひとつと言われた、ナボイ劇場はどこひとつ崩れることなく、悠然とたたずんでいた。この姿は市民たちを強く励ましたが、実は、ナボイ劇場を造ったのは日本人捕虜たちだったのである。

 日本人は、捕虜なのになぜこんな素晴らしい仕事をしたのだろうか。タシケント市民は不思議がったそうだが、その思いは私も同じだ。しかし本書を読み進めていくうちに、どんな逆境にあっても、素晴しいリーダーの指揮の下で日本人としての誇りを忘れない、捕虜たちの姿がまざまざと浮かんできたのである。

 永田行夫大尉は、満州で航空機などの修理を担当していたが、敗戦でソ連の捕虜となり、タシケントに送られた。そこで任さられたのはオペラハウス「ナボイ劇場」の建設。永田は捕虜457人の隊長として指揮を執ることになる。永田は「全員無事に帰国」という任務を果たすことに命を懸ける覚悟を決めた。


(中略)収容所長は永田を度胸もあり、合理的な考え方をする人物だと絶賛し、「なぜあなたは、リスクを冒してまでこんなことをやるんですか」と訊く。

 これに永田は、「自分は隊長であり、皆に日本人として恥じない仕事をやり遂げようと言ってあります」と答え、収容所所長に対して日本人の和の精神を説くものだった。すごい日本人がいたものだと感動する。また収容所所長も、永田の人間性を認めるところが素晴しい。

 本書には永田と一緒に苦労した隊員たちも、実名で生き生きと描かれている。もしかしたらあなたの縁者の方も登場するかもしれない。彼らは、市井の普通の日本人ばかりだからだ。
(中略)

 本書を読むと、今の時代の私たちが恥ずかしく思える。豊洲新市場や新国立競技場など、官僚の無責任な仕事ばかり連日耳にする。また、地方議会では政務活動費の不正流用がまかり通っている。本当に目を覆うばかりの惨状だ。

 永田のように捕虜になっても権力者であるソ連に媚びることなく、部下を全員帰国させるという使命に殉じる人物に比べれば、日本人は明らかに劣化したと言わざるを得ない。そんな反省をしながらも、爽やかな感動に包まれる1冊だ。 


 発売から1年余りたちますが、本当にうれしい限りです。昨年は戦後70年ですが、今年はシベリア抑留から70年目の年になります。秋の夜長に日本人論を再考し、感涙の一冊としてもぜひ多くの皆様にお読みいただければ幸いです。