時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

日・露外交の失敗 ――甘い見通しがあだに・・・――

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 安倍首相が今年の最大の外交課題、交渉として力を入れてきたのが日露問題だった。北方領土の返還(歯舞、色丹の2島先行返還)、日露平和条約の締結が目標だった。一時は安倍政権も好感触を得ていたようで、国民に期待を抱かせるような言動をみせていたが、結果は完全な空振りに終わった。安倍首相は「今回は長い道程の第一歩だ」と総括したが、今後どんなスケジュールで段階を踏み2つのテーマを解決しようとするのか、期待が大きかっただけに脱力感も大きく、次の展望が見えない状況だ。日本側の一人相撲だったのだろうか。

――新しいアプローチを模索したが・・・――
 日露交渉の数カ月前、外務省幹部らは「日露問題の議論はほぼ出尽くしている。新展開を求めるには今までにない“新しいアプローチ”が必要で、そのアイディアを模索している」と語っていた。その新アプローチが、北方四島(歯舞、色丹、国後、択捉島)で日露が「共同経済活動」に取り組み、そのための「特別な制度」制定の交渉を始めるというものだった。このため日本側はエネルギー、医療など8項目の共同課題を設定、約80件の具体的プロジェクトを立て、事業規模で3,000億円に達する案を用意した。ただ、これらの経済協力は援助ではなく民間投資で進めるものだ。例えば、医療では三井物産が製薬大手のアールファームに出資したり、理化学研究所がエイドス社およびダナフォーム社と携帯型感染症診断システム開発を行う。また、中小企業交流ではJETROがロシアの中小企業発展公社と協力、エネルギーについては丸紅などがサハリン沖で小型LNGプラントを建設するなど――さまざまなプロジェクトが課題にあがっている。このほか都市づくり、先端技術、極東の産業振興など多くのテーマがあるものの、ロシアのビジネス環境、慣行に馴染めるか、いざ問題が起こったとき共同行動とはいえ、どちらの法律で解決、和解していくのかなどの問題がある。四島はロシアが実効支配しているだけに、やはり最終的には主権の問題がはっきりしないと投資・協力しにくいとして慎重なのだ。

――新しいアプローチに日本企業は慎重――
 それだけに四島の返還、施政権などの問題に方向性がみえない限り経済共同行動も進みにくいと思われる。日本側は領土の帰属論から始めると交渉が進まないと考え、経済協力の実をあげることから「経済共同行動」と「特別な制度」という新しいアプローチで領土問題をほぐす糸口にしようとした。しかし、会談は95分にも及んだものの、プーチン大統領は日本企業に特別な法的地位を与えることには首をたてにふらず、ロシア側は容認しなかった。ロシア側の専門家は「プーチン氏が1956年の日ソ共同宣言を超える(歯舞、色丹以外の島)ような譲歩をすることはあり得ないし、国後と択捉の帰属をあいまいにしたまま歯舞、色丹の引き渡しに応じるとは思えない」とも言う。はたして日本側が新しいアプローチを進めて経済協力を進めれば道が開けるのかどうか、日本側はもう一度、今回の日露交渉をじっくり総括したうえで出直すしかあるまい。

――日露交渉に世界は冷淡――
 日露交渉には国際情勢の変化も見据える必要がある。ロシアのクリミア半島進攻などに対して国際社会はロシア制裁を課しており、日本もこれに参加している。特にEUはロシアの膨張政策に危機感を強めており、制裁強化を計画しているほどだ。こうしたEUの方針からすれば、制裁に共同参加している日本がロシアに経済協力するアプローチは、EUには裏切り行為と映るわけで、不快感を示しているのである。そのEUと日本は、新たな貿易交渉を進めている最中でもある。ロシアはEUとの関係が悪化しているので、東の日本、中国に寄ってきている面があるのだ。

 また、プーチン大統領とトランプ次期米大統領の関係がどうなるのか。2人は性格的にウマが合うともいわれ、駐露大使にプーチン大統領と長い付き合いのある人を送り込むという。米露関係が好転するとまた事情が変化する可能性もあるが、中東情勢ではロシアはシリア政権寄りなのに対し、米欧は反政府軍を支援していて複雑だ。

――歯舞・色丹の面積は北方領土全体の5%――
 北方四島といっても、1956年の日ソ共同宣言で返還を約束したのは歯舞群島色丹島だけで、択捉、国後は含まれていない。しかも歯舞、色丹の面積は北方四島のうち5%にも満たないのだ。その上、択捉島には約6,000人。国後島には約8,000人、色丹島には約3,000人のロシア人が暮らしており(歯舞群島は無人)、軍事施設も備えている。もし返還となればロシア居住民をどうするのか、また、日本人で移住して住む人が本当にいるのかといった、現実的難題も出てくる。それなら、むしろ日本人の墓参りのための自由往来や漁業権の回復などから始める方が、話は簡単のように見える。

 とにかく、今回の日露交渉は北方領土返還に手が届くような期待が盛り上がりすぎたせいか、国民も島民も肩すかしを食らった感じになっているようだ。

 たしかに、戦後70年も過ぎているのに平和条約が結ばれていないのは異常であり、締結できれば安倍外交の大きなレガシー(遺産)になることは間違いない。これを成功させて“1月総選挙”などの思惑もあったようだが、すべてはご破算となったとみてよかろう。15回もプーチン大統領と首脳会談を行ってきただけに、安倍首相はそれなりの展望をもっていたのだろうが、結果は見通しの甘い読み違いと言われても仕方がなかろう。
TSR情報 2017年1月17日】

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