廃炉作業とは何か 小泉発言“原発ゼロ”の裏にオンカロ視察
東京電力福島第一原発の本格的廃炉作業が、11月から始まった。福島第一原発には1号機から6号機まであり、今のところ4号機までの廃炉が決まっているが、5号機、6号機も廃炉になる予定だ。今回の作業は4号機から始まった。
4号機は東日本大震災の時に定期検査中で原子炉内に燃料はなかった。しかし、建屋5階にあるプールには使用済み燃料1,331体と新燃料202体の計1,533体が保管されていた。震災で隣の3号機から流れこんだとみられる水素のため建屋内で爆発がおき、上部が吹き飛んでそのガレキが使用済み燃料プールに飛散した。そのガレキを取り除く作業が第一段階で、今回はいよいよクレーンで燃料体を取り出し、共用プールに移送する作業に入ったわけだ。
4号機の燃料取出し終了は2014年度後半を予定しており、3号機は15年から17年半ばまで、2号機と1号機は17年半ばから18年末までに取り出す予定となっている。これらが第二期となり、もっとも困難な原子炉内の溶融燃料の取り出しは、1~3号機で2020年頃から始まり30年~40年後まで続くとみられている。
これが第三期で、原子炉内で溶け落ちた燃料(デブリと呼ばれる)を取り出し、安全に処理しなければならない。処理を誤るとデブリは臨界に達し爆発する恐れもあるという。しかし、デブリを安全に処理する技術はまだ日本で確率されておらず、海外からの協力を得なければならないとみられる。また、原子炉内にデブリが残る限り原発を水で冷やし続けなければならず、その冷却水が汚染水となって増え続ける悩みもある。
――廃炉は100年単位の仕事――
4号機が終了しても、1~3号機や5、6号機の廃炉作業が残るので、100年単位の大仕事なのである。しかも、その間わずかな失敗も許されないという過酷な体験を積み重ねてゆくことになる。そのうえ、すべての処理が無事に終えても取り出した使用済みの燃料体、燃料棒を最終処分地に埋めて数万年ともいう期間を眠らせておかないと、燃料から発する放射線の影響はなくならないとされる。
日本には54基の原子力発電所があり、東日本大震災後に発足した原子力規制委員会は、原則として稼働後40年たったら廃炉にすると決めているので、1970年代から建設された原発は20~30年後には次々と廃炉の運命をたどることになる。今回の福島原発の廃炉作業はその第1陣となるわけである。
日本に原子力の火がともったのは1963年10月26日、世界で11番目、アジアで初めての原発国になった。政府はこの日を記念して10月26日を「原子力の日」と定めた。しかし、今年9月に国内で唯一稼働していた関西電力の大飯原発(福井県)も点検のため停止したので、現在の段階で日本は「原発ゼロ」の状態が続いている。
――フィンランドでは10万年後の安全を論議――
原発の廃炉を進めている国は、原発先進国のアメリカ、フランス、フィンランドなど10カ国前後あるが、最終処分場まで決めて廃炉作業を行っている国はフィンランドなどごくわずかだ。そのフィンランドが進めている廃炉の実情を映画にしたDVDがある。「10万年後の安全」と題したそのDVDは一見の価値がある。監督のマイケル・マドセン氏(デンマーク人)は「これは原発に“賛成か、反対か”を描いたのではなく、現象としてのオンカロ(最終処分場)が何を意味するのか、を考えたかった。
私はこの映画で、現実の解釈に関心を寄せた。オンカロは科学的思考や人間の神からの解放などといったことと、深く関係していると思う。これが何を意味するのか、このような新しい現象と我々はどう折り合っていくのか、そうした関心が常に映画の背後にあった」ときわめて哲学的な問題を提起したかったようだ。
オンカロ(ONKALO)とはフィンランド語で洞窟、空洞、渓谷などの意味があるらしい。フィンランドの原発最終処分場となった場所はヘルシンキから北西へ240km、オルキルオト島にある。18億年前の地層を地下へ500mほどジグザグに掘った所に大空間をつくり、そこへ再処理をしない使用済み燃料、つまり高レベル放射性廃棄物を最大900t収容する予定といわれる。その廃棄物の放射線は無色、無臭で無害になるまで10万年かかるとされる。オンカロは約100カ所の候補地から学者や研究者、政府などが決めたもので現在は建設作業中で本格操業は2020年の計画という。
このDVDの中で、学者たちが議論しているテーマのうち印象的だった点は、①選んだ場所は18億年前の地層で候補地の中では一番安定した環境にあると判断したこと、②すべての作業は2100年に終了し、放射性廃棄物を収容した空間・場所、と500mの地下に続く坑道(トンネル)はすべてコンクリートで窓閉し、閉鎖後はトンネルを掘る以前の状態に戻し、樹木や建物を普通に作れるようにする、③問題は数十年、数百年あるいは数千年後に興味をもった人間が掘り起こさないようにするにはどうしたらよいかという方法だ。
もっとも良いことは、忘れ去られることだが、もしもの場合に備えて掘るなという標識などを作るべきか否か――等々だ。
――小泉元首相も視察――
学者たちは、人間が将来について想像を巡らせることができる年月は、せいぜい100年か200年で300年後の人類社会のことなど予測はつかない。10万年後など、はたして人類がいるか、別の星から生物がやってきているかもしれない。10万年を過去にさかのぼるとネアンデルタール人が出現した頃で、むろん文字も言葉、“世界の共通語もない時代だ”と論じている。
したがって、“10万年後の安全”を考えることなどできないとしながらも、オンカロと人間を切り離すにはアーカイブを作ったり、途中で修理・改善や技術革新を模索することも必要だが、やはりオンカロの存在を“忘れ去る”ことがもっとも賢明なのではないか、と結論づけていた。
――日本でも原子炉解体の経験――
実は、日本でも原子炉を解体した経験をもっている。茨城県東海村にあった発電用実験原子炉だ。濃縮二酸化ウランを燃料に使った沸騰水型(BWR)原子炉で出力が1万2,500kw。総運転時間は約1万7,000時間(約13年)に及び運転停止後も、1997年まで約10年間にわたり試験炉の解体作業を実施し、2010年から廃炉作業がなお進行中なのである。多分、現在の福島原発の廃炉作業に対しても大いなる参考になっているのではなかろうか。
それにしても廃炉まで見通して50年も前から実験炉を動かし続けてきたことを知り、日本の知恵もなかなかのものだと感じたものだ。
小泉元首相は、今年になって“脱原発”をあちこちで唱え始め、11月に首相退任後初の記者会見で脱原発からさらに踏み込んで、“即原発ゼロ”と発言し反響を呼んだ。この小泉発言は、一般国民にジワジワと影響を及ぼしそうで安倍政権にとっては思いも寄らなかった一撃となるかもしれない。
小泉元首相が脱原発論に傾いたのは、フィンランドのオンカロを見学した後のことだという。“最終処分地が決まらないのに原発を動かすのは無責任だ”ということらしいが、日本全体が廃炉を見越した原発政策を考えるべきだという点ではその通りだろう。即原発ゼロとなっても廃炉は必要なのだ。技術革新によって解決がつくと想像するだけでは責任ある政治の態度とは言えまい。
ちなみに世界ではこれまで約150原発が運転を終えているが、廃炉まですませたのは10基ほどとか。最終処分地を決めているのは世界で3カ国程度だ。【TSR情報 2013年11月28日号】