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原発問題の今後 開かれた検証、議論、国際化へ

 最近また、原子力発電所を巡るニュースが目立って増えている。しかもその内容が多種多様なので国民がとまどうのではないか、と思ってしまう。政府や国会は、この辺で論議を整理して今後の原発問題を考える軸を国民に提起すべきではないか。

 

――海に流れ出た汚染水と問題になった安倍発言――

 原発ニュースの第一は、やはり何といっても福島原発関連で、とくに汚染水の海への流出が問題視されている。9月から10月にかけて続いた台風や豪雨で再び汚染水漏れが明らかになり、1010日に東京電力は「第一原発の港湾外の海で放射性セシウム1371リットル当たり1.4ベクレル検出された」と発表した。港湾口東側・沖合約1キロの海水採取からみつかったもので、今年8月以降の海水調査開始以来初めてのこと。港湾外調査は3地点で行われているが、他の地点では検出されていないという。

 

 今回の問題が大きく報道されたのは、安倍首相が東京五輪招致を決めた国際オリンピック委員会IOC)総会で「汚染水の影響は港湾内0.3平方キロ範囲内で完全にブロックされている」と説明した直後だったからだ。セシウム137原発から排出する場合の法定基準は1リットルあたり90ベクレル世界保健機関WHO)の飲料水基準値は同10ベクレルなので、今回の数値いずれも国際標準値を下回っているが、安倍発言の後だけに問題視されたのである。東電も内閣の官邸も「環境への影響はないと考えている」としているが、今後もっと大きな数値が出てくると政治問題化する可能性がある。またこうした放射性汚染水が海へ出た時、海水によって一体どの程度薄められていくか、などの科学的説明も求められてこよう。

 

――IAEAは「国際標準を基準に…」と提言――

 第2は、国際原子力機関IAEA)の天野之弥事務局長と調査団(カルロス・レンティッホ団長)が来日し、除染に関する報告書をまとめて日本政府に提言したことだ。その中で「年に120ミリシーベルトの追加被爆線量は国際基準で許容されているのに住民の関心は1ミリシーベルト以下の達成に集中している。日本政府は年1ミリシーベルトの追加被爆線量以下にするとしているが、その数値は長期の目標であり、除染だけで短期に達成できないことをさらに率直に説明すべきだ。

 

 目標に向けて段階的に取り組めば、生活に必要なインフラの復旧にもっと費用などを回すことができる。また被爆を減らすことと廃棄物を増やさないことは両立しないと伝えるべきで、全体的な見通しを掲げれば人々の信頼を高められる」と提言。放射性セシウムの森林内の移動調査や淡水、海水のモニタリングを続けることも必要だと指摘した。レンティッホ団長は「120ミリシーベルト基準範囲内であれば、除染に伴って得られる利益と負担のバランスを考慮して目標の最適化を進めればよい」と記者会見で語っている。

 

――もっと国際機関などと協力、と天野氏――

 また、天野事務局長は「日本だけで海洋影響調査をするのではなく国際機関を関与させ、その結果を少なくとも英語で世界に発信すべきだ」と注文をつけたうえで、福島第一原発の廃炉作業についても「日本は高い技術をもつかもしれないが、大事故の経験がないので外国と一緒にやるべきだ。日本だけでやりそうな気配になっているがやめてもらいたい。未知の分野も多く世界の英知を集めて行うべきではないか」と強調していたが、日本政府と東電はこうした意見にもっと耳を傾けるべきだろう。

 

―― 一方で原発輸出が話題に――

 第3原発輸出に関するニュースである。世界では原発新設計画が目白押しで、国際入札に各国がしのぎを削っている。現在の新設計画はベトナム2カ所・4基、トルコ2カ所・8基、ヨルダン100万kw級・1基、チェコ1カ所・2基、リトアニア1基、ポーランド300万kw、フィンランド2カ所・2基、インド5カ所・18基、アメリカ17件のプロジェクト、イギリス・2025年までに8カ所で建設――などとなっている(1023日付読売新聞)。

 

 これには日本の東芝、日立、三菱重工3社が日本企業同士、あるいはフランス企業などと連合して獲得に動いている。競争相手国としてフランスのほかロシア、フランス、中国などがある。とくにイギリスの原発新設は30年ぶりのことで、イギリスの原発産業にはすでに東芝、日立が事業会社の買収や建設、保安点検などに参入しつつある。 

 

――波紋広げる小泉元首相の発言――

 第4小泉純一郎元首相が「国内の原発をゼロにして自然を資源にした“循環型社会”の実現を目指すべきだ」と最近になってキャンペーンのように発言し続けていることだ。この小泉発言は政界復帰への狙いがあるのではないかといった憶測もあるようだが、むしろ、郵政民営化など同じ小泉首相得意のシングル・イシュー(単一課題)で耳目を集め、世論と政界を誘導したいのだろう。この小泉発言に子息の小泉進二郎衆院議員は今のところ論評を避けているが、自民党内や国民に人気があるだけに、ジュニアの発言と動きに注目が集まっている。

 

 この小泉発言には読売新聞が「楽観的過ぎないか」と疑問に投げかけ、経済界も戸惑っている。安倍政権は「ひとつのご意見として伺っておきたい」と述べるにとどまっているが、反原発運動は小泉発言に触発されるだろうし、野党も早速小泉発言を取り上げて政府の原発政策を問い質し始めた。

 

 小泉さんは、原発ゼロ後の対応については「識者の知見を集めればよい」としているが、それでは、言いっ放しの印象をぬぐえない。元首相だけにもう少し詰めた議論を展開してもらいたいものだ。

 

――見えない原発政策の軸――

 日本の原発政策は事故が民主党政権時代に発生し、とくに菅政権時代は東京電力の責任追及に力を入れたり、脱原発へ大きくカジを切ろうとしたが、安倍政権になってから汚染水問題では「政府が前面に立つ」と宣言し原発再稼働や輸出に関しても前向きの政策をとっている。しかし、中長期的な原発政策と被災者の補償問題、故郷への帰還スケジュールなどはハッキリせず、原発問題に対する考え方と政策の軸がもうひとつ見えていないのが実情ではなかろうか。

 

 今後の日本の大きく重要な課題は“廃炉”問題だろう。直ちに取りかからなければならないのは、事故を起こした福島第一原発の1~4号基だが、安倍首相は5~6号基も廃炉にすべきだと主張している。廃炉技術はまだ確立されたものがないとされ、各国とも大きな課題になっているのだ。

 

 日本では原発の運転は原則40年と定めているので、これから次々と廃炉問題が浮上してくるし、世界でも共通の課題となることが確実なのである。

 

――廃炉をゴミ問題として扱うな――

 廃炉というと、ゴミ処理のように聞こえるが、場所の選定から廃炉の方法、数万年先まで見通した技術、貯蔵法など難問だらけだ。しかし、このことは考えようによっては、日本が1960年代以降のCO2、窒素酸化物などの公害に悩まされた時代と重なってみえる。当時、企業は公害対策を利益を生まないコストと考え負担に感じていたが、その技術が後になって省エネ、環境技術を生み日本は環境で稼ぐにようになったのだ。

 

 廃炉問題は今は大変な難題でコスト負担となるが、世界の原発を考えるとこの技術で先進国となれば、必ず後々に大きな果実を生むことになろう。

 

――廃炉は将来のビジネスチャンス――

 私は福島の事故が発生した直後から、この事故検証は日本だけで行うのではなく、少なくともアメリカ、フランス、ロシアなどの原発大国と協力して検証を行い、新しい規制基準を作って国際標準となるよう努力すべきだと何度もこの欄をはじめ様々なメディアで言い続けてきた。天野事務局長も「原発問題は国際的な協力の下で取り組むべきだ」と述べているが、日本は消極的だった。ぜひ廃炉問題ではアメリカやロシア、フランスなどの経験を生かし、先進的な技術、考え方、方法などを開拓して欲しいものだ。【TSR情報 20131030日号】

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