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大淘汰、M&A時代に入った中小零細企業 ~技術と企業、雇用の継承こそが日本の宝~

 メディアに企業の合併、再編の報道がされるのは、いまや日常茶飯事となってきた。大手メディアに出るのは大企業、上場企業の場合がほとんどで、海外企業の動向までかなりフォローされている。

 しかし、合併、再編、企業の買収(M&A)は、実は中小企業の分野でもっとすさまじい勢いで進んでいる。中小企業の友好的買収を手掛けている最大手の日本M&Aセンターの代表、分林(わけばやし)保弘会長によると、「いやー、毎日2030件の問い合わせや相談があります。とくにここ23年は急増しており、2012年度に当社が仲介したM&A207件にのぼっています」という。

 日本M&Aセンターは、分林氏が1991年に設立した企業で2006年に東証マサーズ、2007年には東証1部に上場している。中小企業の友好的買収案件に特化した会社で、現在の従業員は約170人。1つの案件に会計士、税理士、コンサルタント、弁護士など少なくとも十数人がかかわる専門集団なのだ。

 分林氏は1960年代に日本オリベッティーに入社し、全国の中小企業会計事務所にコンピューターシステムを販売、後に会計事務所担当のマネジャーを務める。特に会計事務所を担当し、全国に個人的なネットワークを持っているうちに、中小企業の社長たちが自分の企業の後継者や激動する経済変動にどう対応していくかについて、いかに悩んでいるかを知る。

そんな事情がわかり、バブル崩壊が見えてきた1991年に創設したのがM&Aセンターだった。

 

――最近激増する中小のM&A――

事業の継承が目的に

 過去20年をみると、日本企業のM&A90年代から増え始め、99年には年間1,000件を突破、2004年には倍増の2,000件を超えてピークの2006年には2,775件に達する。そして2008年のリーマン・ショックで減り始め、2011年には700件を割るところまで減少する。しかし、この年が底で翌年から再び増加に転じ、12年は約1,850件前後まで増え、13年現在も上昇傾向にある。

 買収というと、TVドラマや映画などで外資系のハゲタカファンドやライブドア村上ファンドなどによる敵対的買収のイメージが強い。ドラマや映画の脚本には、その方が面白いからだろう。

しかし現実に増大している中小企業の買収は友好的なものが多いらしい。その理由について分林氏は、買収する側だけでなく買収される側にもメリットがあり、双方納得ずくのケースが多いからだという。

 会社を譲渡する側にとっては①事業承継が確実にできる。②買収されることによってグループに加わり、販路拡大や円滑な資産調達も可能になる。また買収されても社長と社員はグループ会社として生き残っていけるケースが多い。③創業者は企業の売却によって創業者利潤を実現できる。

廃業、清算となっては、長年にわたって築いてきた技術や得意先、ノウハウが「無」になってしまうし、従業員の雇用、取引先にも迷惑がかかる。だからといって株式上場を果たすとなると、株価の維持、上昇に神経を使い、四半期ごとの企業会計の報告や透明性確保、説明責任、企業管理体制の問題も厳格になり、一挙に違った責任と重荷が肩にかかってくる――などを考えると、買収されてもグループ企業として生きていければ、最終的には創業者はハッピーリタイアもできるというわけだ。

 

――M&Aで後継問題を解決――

人材・技術・販売網も温存

 一方、買収側は友好的に買収を成就できれば、短期間に人材や販売ネットワーク、技術、ノウハウなどがリスクをかけずに得られることになる。これによって今まで持てなかった企業の上流、下流分野に進出できたり、業界内のシェア拡大、人材と技術、ノウハウなどを得て株式公開への道が一挙に広がることもできるという。

 近年になって大企業も中小企業群もM&Aを増大させている背景には、様々な要因がある。全体的にはリーマン・ショック、ユーロ危機などを経て企業の優勝劣敗が進み、二極化が進行していること、グローバル化や規制緩和の進行で競争が激しくなって先行きが不透明なこと、生き残るためには経営基盤の強化や技術革新がますます求められていることなどがあげられよう。

 また、中小企業にとっては、後継者問題が深刻になっていることが大きいと分林氏は指摘する。大企業は国際化に伴い、トップが世界中を飛び回ったりするなど体力も必要で年々社長の就任年齢は若くなっている。鉄鋼や化学などの重厚長大産業の一部を除くと40代、50代の社長が珍しくなくなってきている。

 

――中小の社長平均年齢は58歳――

後継者に悩む企業は7割、27万社

 しかし、中小企業では社長の平均年齢は20年度以上連続上昇し10年前の5455歳から5857歳になっている。約40万社を調査したところ、その3分の2が後継者不足に悩んでいるというデータもあるし、中小零細の場合は7割以上、数にして27万社に及ぶのである。

とくに創業者経営の中小企業では、子供が承継を嫌がるケースが多いので、会社を清算するか、社員あるいは金融機関にまかせることになるしかないが、創業者社長はなかなか踏み切れないのだ。そこで承継問題を解決し、社員の雇用を守り新たな目標と成長を目指すとするとM&Aで譲渡する選択がもっとも良い、という結論になるケースが8割に達するという。

 ただ後継者問題を地域別にみると、沖縄と北海道、中国は不在率が7割を超え、次いで東北、大阪、名古屋などと続く。意外なのは四国が50%を割り、早い段階から同族で継承を考え後継者を育てていることがうかがえる。また売上高規模率では、やはり1億円未満が不在率7割以上で1位、110億円未満が60%台半ば、10100億未満だと50%台半ばまでとなり、1,000億以上になると30%を切ってくる。

しかし、後継者不在企業の企業価値をみると、意外にも優良な企業も多い。なかでも不在率が60%台半ばを超えながらも売上1億円以上10億円未満の企業群は企業価値の平均がもっとも高く、日本の中小企業力の強さを示しているところが多い。

こうした中小企業を後継者不在というだけで清算、廃業に追い込むことは日本全体にとってもマイナスとなるので、M&Aで承継問題を解決する友好的買収が増えているとみることができる。

 

――今後は団塊世代の引退がヤマに――

業種では「飽和」「技術革新」「規制」分野

 日本M&Aセンターによると、今後2017年までが団塊世代の引退で後継者不在問題がピークになると指摘する。業種的には、自動車部品メーカーや居酒屋チェーンなどの市場が「飽和」状態にある分野、技術革新が激しく追いついていけない卸売業(ITの発達によりメーカーと消費者が直結してしまう分野)、クラウドの利用によってソフト会社の利用が減ると考えられる分野、規制の緩和または強化によって業界変動が起きている病院、介護施設、ドラッグストアなどの分野だろう。 

ちなみに、コンビニの全国店数は49,000店なのに対し、薬局は5万店にのぼり、IT化、薬剤師不足、病院経営の衰弱などでチェーン化などによる激しい淘汰の波が起きているという。

 日本の企業は、中小企業が99%を占めている。しかしその中小企業は技術にすぐれた町工場をはじめ、様々な分野で日本経済を支え世界の大企業にも部品を供給しているところも少なくない。日本の中小企業は日本と世界の大企業を支える基盤的存在であり、日本の“宝”といえる。その中小零細が後継者不足で7割が危機に瀕しているというのは由々しき問題である。

 日本M&Aセンターでは、現在の実情と事業継承問題について年に数回以上セミナーを開いているが、136月と7月のセミナーには1,800人の申し込みがあったという。

日本M&Aセンターは全国約2,900の金融機関、516の会計事務所、約1,700人の中小企業診断士、税理士事務所などと提携し、1件のM&Aに少なくとも10人以上、多い時は100人以上の情報から友好的なマッチング(お見合い)を行っている。紹介手数料は成功した場合、売り手買い手双方から35%の報酬を受け取り、同社の年間売上は70億円を突破、経常利益は34億円に達している。

 今後どの分野で再編が起こるか、大企業だけでなく中小企業の分野にこそ目を凝らさないといけないかもしれない。しかも積極的な中小企業は、大企業と同様に海外、とくにアジアにも目を向けている。元気な中小企業を育てることこそ、日本の経済基盤の強化になるはずだ。【TSR情報 20141月7号】

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