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中国経済の実態と今後 ―第13次5カ年計画を読む―

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 中国の経済は本当に大丈夫なのか?一党独裁市場経済に参入している国なので、謎が多く、本当のところがよくわかりにくい。しかし今や中国の経済動向が世界経済を左右しているのも現実なのだ。そこで今回は、さまざまな数字や証言から今の中国経済にできる限り迫ってみたい。そこで、一番参考になるのは3月5日から開かれた全人代全国人民代表大会=中国の国会)で公表された数字や議論だ。

 今年の全人代は第13次5カ年計画(2016~2020年)、つまり今後5年間の経済目標や安保・外交・社会政策を決めたことに大きな特色がある。はたして今後、全人代の目標通り中国が動いていくのか、あるいは破綻などが出て来るのか――世界の動向も中国の行方に左右されるだけに、全人代の内容と雰囲気に世界中が注目したのである。

 

―小康社会を目指す習一強体制―
 まず、今年の全人代の大きな特色は「リコノミックスからシコノミックス」へということだろう。これまで経済は李克強首相が指揮をとっていたが、今後、習近平主席の“一強体制”になり、目標は「小康(ややゆとりのある)社会」の実現を目指す、としていることだろう。いまや第11次計画(2006~2010年)までの2ケタ成長時代は終わり、第12次の7%成長の目標も降ろして第13次5カ年計画では、6.5~7%という安定成長路線を明確にした。第2次では、少なくとも7%成長が維持できなければ失業者が増え、社会不安が起こる、とされていたが、今後5年間は安定成長の軌道を固め小康社会を実現するというのだ。

 

―2020年に所得倍増計画も―
 しかし、国民に夢も必要と考えたのか、2020年のGDPは2010年の2倍にするとうたい、2020年の1人当たり収入を2010年の2倍にするという“所得倍増”政策も打ち出している。また、貧困者を1,000万人以上脱却させるとし、インフラ投資では鉄道で8,000億元(1元=17~18円)、道路には1兆6,500億元を注ぎ込むと表明した。とくに習主席肝いりの“一帯一路(新シルクロード)”構想に向けてはインフラ関連で17兆円を投資してカザフスタンワルシャワマドリードハンブルグアムステルダムなどに向けた鉄道投資で8,000億元以上、道路投資には1兆6,500億元を投入したいと表明している。一方、海のシルクロードでは西アフリカから西アジア、南アジア、東南アジアの港湾などに投資したいとし、民間の沿岸投資に1.6兆円、政府系金融機関からは500件、5.1兆円を見込むとしている。アジアインフラ投資銀行の設立はこの計画の中から出てきたものだろう。

 

―供給過剰と構造改革
 こうした投資とは別に、中国の大きな経済問題は供給過剰によるデフレ経済にあるとも言われているため、経済の構造改革を進めることも宣言している。特に、鉄鋼と石炭があげられ、鉄は5年で1~1.5億トン(日本の生産高は年1億トン)減らすほか、石炭は3年で5億トン減にするという。このほかに、造船、セメントも過剰とされているが、一挙に重厚長大産業の構造改革を進めると失業増大・社会不安につながるとみたのか、セメントや造船の減産目標値はあげていない。

 さらに、習政権の人気の秘密は反腐敗運動にあったことがはっきりしているが、2015年の100万元(1,750万円)を超えた汚職は前年比22.5%増の4,490件に上ったと報告されている。このうち各省のトップや閣僚級の立件は41人(前年は28人)、公務員の摘発は前年比1.5%減の5万4,249人にのぼるとされ、今後は、国営企業の腐敗、構造改革に取り組み国民の支持を取り付ける方針のようだ。

 

―陸軍30万人削減、海洋強国目指す―
 他方、安保外交面では「陸から空・海へ」の大方針の下で陸軍の30万人削減などと、空軍・海軍・サイバーの強化を目指し、特に太平洋進出を念頭に入れた「海洋強国」をうたっている。陸軍については、これまであった軍区を改編し15軍区に仕切り直す。また、国防予算は相変わらず増大させており、2016年は前年比7.6%増の16兆7,000億円(ちなみに日本は5兆円)、アジア各国の軍予算総額の4割にあたるとされている。しかもこれらには、研究開発費や兵器の輸入費は含まれていないと言われるので、実態は2倍になると見られる。

 

―実態経済は回復見えず―
 問題は実態経済の実情だろう。まず、ここ数年バブル化していた不動産投資は2013年の19.8%の伸びから2014年は10.5%に減り、2015年1.5%まで縮小した。完全に土地投資のバブルは終焉したとみてよかろう。
 一方、株価もピークの2015年6月から8カ月で約5割下落、株のバブルも終わったようだ。さらに消費の伸び率も1.3ポイントにとどまり、中国製品の人気は上がっていない。その分、海外、特に日本への旅行客が増え“爆買い”現象が続いている。考えてみると、中国には欧米や日本にあるような国を代表するブランド商品がないことも、国内消費の伸びが高まらない原因かもしれない。
 人民元は1年で約5%元安(対ドル)となり、これは輸出振興のための元安誘導かと言われたが、2015年の輸出は前年比2.5%減、輸入は14.1%減という状況で、2016年も回復していない。財政赤字は2014年が2.1%、2015年が3.5%だったが、今後も中国の景気回復を財政で支える必要があるため、まだ赤字は増え続ける見込みだ。

 

―改革行き過ぎると社会不安へ?―
 こうした数字を並べてみると、明らかに中国経済のバブルは崩壊し、東南アジアやヨーロッパ、日本の輸出、景気を支えていた中国頼りが心もとなくなっていることがわかる。GDPの成長率も実態はもっと悪く、3~4%程度だろうと言われているほどだ。
かと言って中国があまりに構造改革や腐敗撲滅、陸軍のリストラなどに走ると、ますます社会が沈滞化する恐れもあり今後の手綱のさばき具合が難しそうだ。今、中国が力を入れているのは首脳の海外訪問によるインフラの売り込みや企業の進出、輸出入の拡大である。昨年暮、習主席はアフリカ約50カ国の首脳とフォーラムを開き、今後3年間で総額約600億ドル(7兆2,000億円)の支援を表明、すでにアフリカに進出している中国企業3,000社、100万人の移住者を支援、アフリカ諸国と結ぶ直行便航路を10路線以上に拡大しつつある。
また今年1月には、習主席がサウジアラビア、エジプト、イランなど中東有力国を歴訪、アメリカが引き上げた後の存在感を示そうとしているようで、6.3兆円の支援も表明した。さらに欧州企業との接触も深め、2015年以降、約10件の企業買収、知財・ブランドの獲得にも動いている。

 

―日本にも不況の影響が……―
 しかし今後の焦点は、やはり何といっても供給過剰となっている企業の清算や競争力を失った国有企業、重厚長大産業の合理化と、合理化による失業の増大とのバランスをどうとるか、ということだろう。これを一歩間違えると社会不安、動乱、はてには共産党一党独裁の危機にもつながるからだ。
 すでに中国の不況は日本企業にも影響を及ぼし始めている。東京商工リサーチの調べによると、2015年度のチャイナリスク関連倒産は2月までに80件、2,349億円、件数は前年同期より約7割多い。負債額は約10倍で、全国倒産企業の負債額全体の約13%にあたるという(2014年度は1%強)。チャイナリスクは日本企業に人件費などのコスト高、中国のバブル崩壊と景気減速、生産過剰による過剰在庫品の対日輸出品増などとなって表れている。当分、といってもここ1~2年は中国の経済動向に要注意だろう。

TSR情報 2016年3月25日】
※画像:2015年3月5日開催 第12期全人代常務委員会第12回会議 Wikimedia Commons / The Voice of America (“VOA”)

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