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時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

協同組合経営情報サービスの会報誌「ING」vol.9に「日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた」の書評が掲載

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協同組合経営情報サービスの会報誌「ING」vol.9に「日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた」の書評を掲載頂きましたのでご紹介します。

協同組合経営情報サービスは中小企業向けに情報提供や外国人技能実習生受入れ等を支援している会員組織で、組合員数は2511社です。

 「日本兵捕虜がオペラハウスを建てた」という言葉に私は、目が釘付けになりました。
私の祖父は朝鮮総督府時代の日本警察でした。逃げられず抑留された人々の話を聞いては辛い顔でおり、祖父とあの時代を執筆している矢先に本書と出会いました。


 1966年現在のウズベキスタン首都タシケント市にて直下型の大地震にみまわれます。人々は巨大なオペラハウスのナボイ劇場のある公園に逃げます。
周りの建物が潰れる中、びくともしないナボイ劇場を見てウズベキスタンの人々は感嘆します。誰が作ったのかと。それは終戦後満州から連れてこられた日本人捕虜達でした。

この噂は瞬く間に広がり近隣の諸国でも「日本人は何と優秀で真面目な民族だ」「日本人は素晴しい」と日本人伝説が広がります。
終戦後、満州で戦闘機の工兵であった永田元大尉はロシアに拘束され捕虜となります。
本書で主人公となる彼は当時24歳でした。4000㎞離れたウズベキスタンの捕虜収容所にて18歳から30歳までの日本兵457名の隊長に任じられます。与えられた任務は「オペラハウスを建てる事」。ロシア側は機械や電気、建築ができる捕虜の精鋭達を集めたのです。とにかく任務を果たさなければ、帰国はできない、自由もなく、金も、食も少なく、生死も保証できない想像を絶する世界です。
永田氏は、日本人として誇れる仕事をしようと全員の士気を上げます。
そしてロシア将校と食料についても彼は自ら交渉し、知恵と勇気で渡ります。
彼は和の精神をロシア将校に伝えます。それは皆で助け合う精神。2、3人の優秀な人材だけでは大仕事はできず、皆が分担し協力するからできるのだと。この若きリーダーのおかげで収容所の皆は和やかにもめ事もなく仕事に邁進します。

 

 欧米の捕虜という定義は、収容所にて暴動を起こしたり、仕事を放棄したり、敵地にてかく乱するのが役割でした。それなのに、永田氏はじめ日本兵は一生懸命造り続けます。その姿を見て、ウズベキスタンの人々は驚き感心します。

 

 日本人のように勤勉な子になれ、と子供に言うようになります。

 

 2年半の後、ビザンチン風内装のロシア4大オペラハウス、ナボイ劇場が遂に完成します。彼が夜空を見上げて綴った誌、「一塊の地球を舞台に演じ、演じ去る。それは喜びに非ず。ただ星座に対してのみ起こる言い難き感情なり。」そこにはこの地上に生まれ、仲間と造り上げた達成感と友を亡くした悲しみの思いがあふれていました。もはや国などを越えて地球という星での人の業、と永田氏の哲学をも感じました。

 

 また、先日はご存命の方々のお姿を拝見し、早くに亡くなった祖父と重なり胸に熱いものがこみ上げました。ご家族も増えお元気でいて下さり、ただただ嬉しく感じました。
私達も地上に大いなる遺産を残そうではありませんか。それは形あるものでなくても。
ぜひ読んで頂きたい一冊です。日本人とは、リーダーとは。胸に刻むべき熱き物語です。

【書評】
村神 徳子(むらかみ のりこ)さん
早稲田大学第一文学部卒。作家。脚本家。12歳から上限なしの作家集団「フライハイ!」共同代表。