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【戦争を考える1冊】シベリア抑留 ウズベキスタン・ナボイ劇場建設秘話「日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた」

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スタッフからのお知らせです。

戦後74年目の夏が過ぎようとしています。本ブログでは折に触れてご紹介していますが、戦後70年を迎えた2015年9月末に嶌はソ連(当時、現ロシア)によって満州からウズベキスタンに強制的に移送された日本兵による、タシケント市のオペラハウス「ナボイ劇場」建設秘話「日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた」を角川書店より上梓しています。

舞台となったウズベキスタンは、近年人気の旅行先としても注目され、人気を博し日本やヨーロッパを中心に世界中から多くの人が訪れています。

■シベリア抑留とは
本書の冒頭にも登場する満州日露戦争(1905年終結)以降、日本陸軍が統治していましたが、1945年8月9日のソ連侵攻によりソ連による占領が始まりました。

当時、ソ連第二次世界大戦で約2000万人を失い、経済的にも甚大な被害を受けました。その労働力不足を補うべく、スターリン満州にいた日本兵を捕虜として労働力に用いることを決定。それに伴ない、シベリアのみならず中央アジアなどソ連領土各地に移送され、強制労働に従事することになりました。

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■特殊業務
ソ連は、レーニンによる政権樹立を行なった1917年11月7日の革命30周年にあたる1947年11月までにこの劇場を建設することを決定していました。第二次世界大戦が始まり、土台と一部の壁、柱などが作られた状態で工事が中止。大戦後、革命30周年に間に合わせることを命題として、建築作業に適した日本の工兵457人の日本兵が強制的に従事することになりました。

ソ連の捕虜になった日本兵は合計60万人とも言われ、満州で捕虜となった方はシベリアなどで森林伐採、道路・鉄道建設に従事しており、この劇場建設の任務は特殊業務でした。 

■劇場完成とウズベク人との交流
ナボイ劇場は一級の劇場”ボリショイ”劇場としてモスクワ、レニングラードキエフに続く劇場として、1947年10月に完成しました。設計者はモスクワ・赤の広場レーニン廟」を設計したシュシェフ氏。劇場建設での日本人の働きぶりを見ているうちにソ連の収容所長やウズベク人たちは次第に日本人捕虜に敬意を表し、心温まる友人関係や地元女性との恋なども生まれています。

タシケント地震でも建ち続けた劇場~親日の由来~
タシケント市は1966年4月26日午前5時23分に直下型大地震に襲われましたが、ナボイ劇場は何事もなかったように何ひとつ壊れることなく凛として悠然と建ち続け避難所としても活用されました。

震源地はタシケント市中央部地下、マグニチュード5.2に達し、国連の調査によると、60年代までの世界の大地震の5本指に入るほどの大きさで、約240の政府系建物、700の商店・レストラン、約180の教育施設、250の工場、約8万の家が崩壊し、約10万人の人々が戸外に放り出され、街はほぼ全壊。大地震に倒れなかったナボイ劇場の伝説は、瞬く間にウズベキスタン国内や隣接するキルギスカザフスタントルクメニスタンタジキスタンなどの中央アジア各国に伝わり、1991年に中央アジア各国がソ連から独立した際に再び思い起こされ、日本をモデルとした国づくりをしようという動きつながりました。

■ナボイ劇場プレート日本兵たちを称えるプレート
劇場裏手の記念プレートには以前ウズベク語とロシア語、英語で「日本人捕虜が建てたものである」と書かれていました。これをみた独立後大統領に就任したカリモフ大統領は「ウズベクは日本と戦争をしたことがないし、ウズベクが日本人を捕虜にしたこともない」と指摘し、「捕虜」と使うのはふさわしくないと1996年に新たなプレートに作り変えられました。「1945年から1946年にかけて極東から強制移送された数百名の日本国民が、このアリシェル・ナヴォーイ名称劇場の建設に参加し、その完成に貢献した。」とウズベク語、日本語、英語の順に刻まれ、これを見た日本人の多くはこの史実を知り涙しています。

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■波乱万丈の感動秘話
本書はよく知られたシベリア抑留とは異なる波乱万丈の建設の物語で、捕虜たちは完成した時にロシア人にもウズベク人にも感謝されたという奇特な心暖まる話として多くの方に愛読いただいています。

シベリア抑留の悲劇に隠れ、ウズベキスタンのオペラハウス建設の秘話は日本人にほとんど知られていませんでした。ぜひ若き日本の抑留者たちの労苦と協力・和の精神が中央アジア全体に多くの親日国を作ったことにつながったことを知って頂き、満州抑留兵のもうひとつの秘話を広めて欲しいと思っています。 日本人論を再考し、感涙の一冊としてもぜひ多くの皆様にご紹介いただけると幸いです。

■ついに新書版が発売
本書発売から4年ほどが経過しているにも関わらず、いまなを感想を寄せて頂いています。そのおかげで、このたび新書「伝説ととなった日本兵捕虜ーソ連四大劇場を建てた男たちー」が9月7日に発売する運びとなりました。この場を借りてお礼を申し上げます。

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