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「覇権交代」の始まりか     

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 イギリスが変だ。メイ前首相の後を受けて当選したボリス・ジョンソン新首相は、EUとの合意無き離脱を唱えて猛進してきたが野党の労働党や身内の一部保守党議員の反対を受けて八方塞がりの状態に陥っているのだ。

 それでも10月31日には「イギリスはEUから離脱する」と宣言、10月中旬には議会を解散して総選挙に打って出る――などの方針も打ち出したが、解散、総選挙を求める動議も否決されてしまった。これによりジョンソン氏が7月の首相就任以来、EU離脱を巡る一連の下院採決では、「6戦6敗」となってしまった。

 しかも最大野党の労働党EUと離脱条件で合意できない場合は離脱期限を10月末から3ヵ月延長することをEU側に要請するようジョンソン首相に義務付ける離脱延期の法案を可決してしまった。ジョンソン首相は「離脱期限を延長することは絶対にない」となお強弁しているが、少数与党のジョンソン政権にとって、いまや犬の遠吠えでしかないだろう。

 イギリスは、これまで民主主義のお手本の国として敬意を表されてきた。ヨーロッパでいち早く産業革命を実現し、15世紀から海洋王国として世界をリードしてきた。欧州大陸から離れた島国だが、イギリスの船団は世界を駆け巡り、アジアではインド、東南アジア、シンガポール、中国などに進出、香港はイギリスの統治下に入った。さらに太平洋ではオーストラリア、ニュージーランドに拠点を作り、1492年にはアメリカ新大陸を発見して多くの英国民がアメリカ、カナダ、中米などに移民した。まさに世界の近代はイギリスによって扉が開けられたといっても過言ではないほど世界を制した。

 ジョンソン首相は、そのイギリスの“トランプ”といわれるほどクセの強いキャラクターを持つ人物といわれる。名門イートンからオックスフォード大学を卒業、新聞記者、コラム二スト、下院議員を経て2008年から8年間ロンドン市長を務め、一躍将来の保守党の顔として名をあげた。ボサボサの金髪頭で軽妙な演説を行ない、イスラム教徒や移民への差別発言でたびたび批判されたこともあった。ジョンソン首相らイギリスの歴史に誇りを持つ年配層らはドイツやフランスの風下に立つことを嫌っているのでイギリスのEU離脱に雄弁をふるうジョンソン首相を熱烈に支持している。しかし、労働者層や若い世代には反発も多く、EU離脱の意見では英国が二分されているのである。

 先日、イギリスのダロック駐米大使が退任にあたって「トランプ政権は外交的に無能、アメリカは好かれておらず我々ももう付き合っていられないと」いう公電を本国に送りつけていたことがわかり、トランプ大統領を怒らせた。弟分の英国の駐米大使がアメリカをこきおろすことは珍しい。かつて世界を統治したイギリスからすれば、世界全体の構想を考えず“アメリカ第一”を唱える大統領は世界を引っ張れる器量を備えていないと見えたのだろう。

過去の覇権国イギリスはいまや見る影も無いが、アメリカ第一主義を唱える現在の覇権国アメリカも揺らいでいる。アメリカが独善的な行動をとる間に中国が着々と勢力を伸ばしているからだ。中国のカネにものをいわせた新興国へのやり方には批判も多いが、一方で中国への覇権交代の歴史が始まっているようにもみえる。 
【電気新聞 2019年10月8日】

※参考情報
ボリス・ジョンソン英首相と欧州委員会のジャン=クロード・ユンケル委員長は、昨日(17日)ブリュッセルで共同発表を行ない、イギリス政府と欧州連合は、イギリスのEU離脱条件を定めた新たな「イギリスの離脱協定案」に合意したと発表した。新協定の施行には欧州議会と英議会の承認が必要となり、イギリス下院は明日(19日)、緊急審議を開き新協定案を採決することが同日決まったが複数の政党が反対を表明している。

会見では記者の質問は受け付けず、ジョンソン首相は、新協定によりイギリスが北アイルランドも含め「完全に、かつまとまって」EUを離脱でき、11月1日以降に欧州との新しい将来を模索していけると強調し、下院議員たちに支持を呼びかけた。また、ユンケル委員長は、アイルランド島の「平和と安定」を守り「単一市場を守る」、「公平でバランスの取れた」協定だと評価。その上で、「合意できたのは嬉しいが、ブレグジットは残念だ」と述べた。

 今回、北アイルランドの扱いをめぐり北アイルランド民主統一党DUP)は「現状」では支持できないと表明している。ジョンソン首相率いる与党・保守党は下院で単独過半数を得ていないため、2017年以来、保守党に閣外協力しているDUP(10議席)の支持がなければ、政府の協定案が下院を通過するのかは不透明な状況となっている。

画像:wikimedia commons