穏健イスラム・トルコの安定を望む
トルコが騒々しい。2020年夏のオリンピック最有力都市で、東京のライバルとみられているイスタンブールを中心としたデモの拡大に、日本の一部では「東京にチャンスが巡ってきたか」と早トチリする人もいるようだ。しかしもしトルコの混乱が深まるようだと、オリンピックどころか、中東全体に及ぼす影響の方を心配しなければなるまい。
5月から始まったトルコの反政府デモは全国約70都市に広まり、収まる気配をみせていない。一方、アフリカを訪問中だったエルドアン首相は6月7日に帰国し、「今のデモは破壊行為だ。即座にやめさせなければならない」と強硬姿勢を示しているため、デモは強権政治に対する政治運動に変質してきたようだ。
そもそもの発端はイスタンブール中心部のタクシム広場の再開発計画に伴い12本の木が移植されることに対し「これ以上再開発して市民の憩いの場を奪うことは許せない」という反発から始まった。このデモ鎮圧に警察が出動し強力に取り締まったため、デモ参加者の反発は一挙に高まり、連日数千人から1万人にふくらんだ。と同時にデモはイスタンブールから全土に広がったため、政府はデモ参加者を過激分子扱いしたことから一層若者たちは反政府運動へと矛先を変えていった傾向もある。
トルコはエルドアン政権になってから8年の間に経済が成長、オリンピック主催を申し出るまでに発展してきた。その間、アラブではチュニジア、エジプト、リビアなどで政権が次々と倒れ、シリア、イラクなどは内乱状態。ペルシャ民族のイランは核開発を巡って周辺やイスラエルに脅威をもたらし、孤立している。そんな中でトルコはいまや中東の穏健な〝柱石〟として世界が認め、エネルギーのハブ基地としても重要な意味をもってきた。
もともとトルコは古代から地中海にのぞむ大国で、古くはギリシャ、ローマ、中世から近代にかけてはオスマントルコ帝国を築き、アジアとヨーロッパの間に立つ国としてつねに大きな影響力をもってきた。ただ近代化に向けてはイスラム主義の克服をめぐって国内対立が続いていたが、19世紀末から20世紀にかけて登場した近代トルコの父とされるケマル・アタチュルク(パシャ)がイスラム教の政治への介入を禁止する〝世俗主義〟の近代政治を確立し、新生トルコ・トルコ共和国の初代大統領に就任。トルコ中興の祖といわれている。
以来、何度かイスラム政治への揺り返しがあったものの、軍がバックアップして世俗主義政治が守られてきた。社会生活はイスラム教を主とするが、この〝政教分離〟政策が成功し、ヨーロッパの橋渡し役もつとめてきたといえる。ただ今回のエルドアン首相の強権政治の背景にイスラム色回帰の傾向がみえるとして公園運動が政治運動に発展しているともいわれる。
もはやトルコはEU加盟を望まず独自の中東大国の道を歩みだしているが、トルコまでがアラブの大乱に巻き込まれるようだと世界まで異変を抱える。まだ黙っている軍部がどう出るかが注目の的だ。【財界 夏季特大号 第354回】