それでもオリンピックを強行するのか
「人類が新型コロナウイルス感染症に打ち勝った証として、完全な形で東京五輪・パラリンピックを開催する」――昨年3月24日、大会の一年延期を決めた後、安倍首相はコロナ禍で東京五輪を開く意義を記者団に説明した。この時点では、1年も延期すればその時点でコロナも収束しており、まさに感染症に打ち勝った東京五輪を世界に披露できると読んでいたのだろう。
この時の官房長官は菅義偉・現首相であり、2人ともコロナ感染症でこれほどまでに政治の信頼を失うとは考えていなかったに違いない。ただ、5ヵ月後に安倍首相は入院で倒れ、首相を辞任、後任に菅官房長官がつき、コロナ対策に翻弄されていったのだ。
安倍前首相の思いは後任の首相となった菅氏がそっくりそのまま引き継いだ。菅首相は10月23日の政府の大会推進本部で「東日本大震災の被災地が見事に復興を成し遂げた姿を世界へ向けて発信する場にしたい」と述べ、さらに「人類がウイルスに打ち勝った証として、東京オリンピック・パラリンピック競技大会を開催する」と臨時国会の所信表明演説で10月26日に確約したのである。
さらに年が明けた21年1月18日の国会施政方針演説で「世界中に希望と勇気をお届けできる大会を実現するとの決意の下、準備を進める」と約束した。この時点では、まだコロナ収束への期待をもっていたのだろう。
■ 過去にはワクチンで失敗も
その自信の根拠はワクチン接種にあった。国民の60~70%がワクチン接種を行なうと“集団免疫”が出来、普通のカゼと同じような対応で感染を収束できると考えられた。このため、安倍首相らはワクチンの国民接種を急ぎ感染症への恐怖を取り除くことに全力をあげようとした。
ただ、日本は10年以上前にワクチンから重い病を引き起こす流行があり、日本の製薬メーカー間ではワクチンの研究、開発・治験、実施に消極的な時代が続いていた。このため、欧米先進国に比べ、日本ではワクチン接種になじみがなく消極的だった。ただ安倍内閣は、ワクチン接種が解決へのカギだと聞いてワクチン対応に力を入れ始めるが欧米の対応に比べると出遅れが目立った。
しかも7月23日から東京五輪の開催が迫っており海外の選手や五輪関係者、一般客の受け入れと、コロナ対応が決まらず医療逼迫の懸念も出てきて国民の不安も増した。結局、海外メーカーからのワクチン調達を急ぎ、治験も少なくして6~7月頃までに国民一人当たり2回のワクチンを接種する方針をたてて、国民の安全、安心を確保しようとしたが、世界のワクチン競争に出遅れて接種スケジュールも遅れざるを得なかった。
■ 異様な五輪開催、犠牲者ゼロは不可能
菅首相は東京五輪の開幕まで2週間を切った7月9日、東京に4度目の緊急事態宣言を発令することを決めた。また大阪府、神奈川県など4府県にもまん延防止等重点措置を延長し、8月22日まで続けるとした。結局、五輪期間中の主な会場のある都府県は、コロナ感染の増加が続いている異様な状況下で五輪を行なうことになる。国内で10日までに約82万人の感染者と1万5000人の死者を数え、期間中に約7万人の来日が予想されるという環境下で果たして安心・安全な五輪が出来ると本気で考えているのだろうか。
もし海外から来た人々の中から重篤な患者が出たら、日本の判断、統治は世界の笑い者になるのではないか。正式な開催宣言、安全宣言のないまま、なし崩しに開催へと突き進む日本の政治はどうなっているのか、と考え込んでしまう。
欧米は早い対応策が功を奏したのか、いまや日常生活に戻ってきたようだ。しかし日本ではまだ感染者が下げ止まっていないのだ。せめて日本のコロナ状況を正確に世界に発信し、来日者に注意を呼びかけておくべきだろう。五輪の無観客などでチケット収入が900億円、大会期間中に見込んでいた経済効果約3000億円はともに大幅に減少するという。しかし日本が失うものはおカネだけではないことも頭に入れておかなくてはなるまい。
【Japan In-depth 2021年7月17日】
嶌が過去に記した東京で開催されるオリンピックに関するコラムは以下を参照ください。
掲載いただいたページは以下を参照ください。