時代を読む

ジャーナリスト嶌信彦のコラムやお知らせを掲載しています。皆様よろしくお願いいたします。

器の大きさをみせて欲しい ~利便、実務の首相では淋しい~

f:id:Nobuhiko_Shima:20210629103700j:plain

 無派閥の菅義偉官房長官が、第99代首相に就任したのは昨年(2020年)の9月16日だった。発足当初の内閣支持率は64%台で歴代内閣のうちでも五指に入る高支持率でスタートした。


 ところが新型コロナウイルス対策への“後手”批判が続くと、瞬くうちに支持率が低落し、実務に強い“仕事師”といわれた菅首相への期待は一気にはげ落ちた。いまや21年秋までにある衆院選自民党総裁選に向けて前途多難の声が満ちてきた。


 菅内閣の支持率は、まさに新型コロナウイルスの新規感染者数に比例して落ち続けている。内閣が発足して約2ヵ月後の20年11月12日に感染者数が1653人と8月以来の最多を更新すると支持率は57%と50%台に低下。さらに12月に入り新規感染者数が全国で初めて3000人を超えると40%台へ落ち込んだ。その後、年が明けた21年1月8日には新規感染者が7883人と過去最多を記録すると、1月の調査では一挙に支持率は33%に急落した。すでに12月の時点で不支持率が49%と支持率の40%台から逆転していたが、内閣の危険水準とされる支持率30%割れの一歩手前まで落ち込んだのである。


 この結果、菅首相が主導してきた観光旅行需要の喚起策「GO TOキャンペーン」事業の全国一斉停止が余儀なくされた。人の移動によりコロナ感染が多発するとみられ、各都道府県の観光地などで受入れを尻込みしたし、各県も他県からの人の流入に消極的意向を示し始めたからだ。


 菅首相は、就任すると「できるものから改革を進めて国民の皆さんに実感として味わっていただく」と述べ、携帯電話料金の引き下げを携帯各社に要請した。3割から4割安くできるのではないかと示唆し、各社も引き下げの検討に入っているといわれる。また、中央省庁での押印の原則廃止をうたい、河野太郎行政・規制改革相が道筋をつけている。さらに新型コロナで特例的に認められた初診からのオンライン診療を原則恒久化することや遠隔教育を含む教育のデジタル化の促進も進める。また不妊治療への助成額の拡大や保険の適用なども検討するとしている。


 こうした実利重視の政策を矢継ぎ早に打ち出しているものの、内閣支持率上昇に直結しないのはやはりコロナ不安だ。国民が最も不安に感じているコロナ対策が後手後手にまわり、ワクチン開発に遅れをとっただけでなく、ワクチン争奪の国際競争も欧米先進国に先んじられて、いまだに接種の遅れがみられることなどがある。


 また政権浮揚に期待していた東京オリンピックパラリンピックの開催を7月に控え、かつて菅首相が大臣を務め、特別な影響力を持つ総務省の幹部官僚たちが、菅首相の長男を勤めていた企業に経営上の特典を与えたのではないか、との疑問が持ち上がったり、国民に4人以上の会食をしないよう求めておきながら首相や自民党幹部は多人数の会食を行なっていたことが発覚するなど、菅首相への信頼感が急速に冷え込んで人気が落ちているのだ。


 菅首相の強みは、首相就任前に安倍首相時代の官房長官を8年近くに渡って続けたことだった。官房長官の椅子に8年近く座り、安倍首相の所に入る情報を全て握った上で各省庁を首相に代わって差配していたのだから、官僚たちからすれば、最も抵抗しにくい人物だったといえる。しかも、菅氏は官房長官時代に言うことを聞かない省庁や官僚幹部に対し人事権を使ってねじ伏せたりすることもあった。安倍内閣時代に高級官僚の人事を各省庁の大臣ではなく首相官邸が動かす仕組みを作り、官邸が各省庁にニラミを利かす機構改革を行なったからだ。菅氏は「いうことを聞かない幹部官僚を飛ばしたこともあった」と自ら述べたともいわれていたから余計に各省庁は“菅人事”を恐れたのである。各省庁の情報と人事を7年以上にわたって握り、官僚の弱みも強みも知り抜いた政治家が国のトップに立ったのだから霞が関官僚は戦々恐々となったに違いなかった。


 しかし、政治家の力によって霞が関の高級官僚をねじ伏せることが出来ても、同じ術で国民に言うことを聞かせるわけにはいかない。国民の目からみると、権力はあるかもしれないがもう一つ親しみや信頼が持てないという感覚があったのではないか。携帯料金の値下げなど国民の利益に寄与する政策から手をつけたとはいえ、国民が政治に望んでいるのは単なる利益供与ではなく、コロナなどの国民の不安を感じ取って直ちに政策に反映したり、解決への道筋と具体的スケジュールを示すことだろう。政治家としての人間性、率直さ、真面目さ、さらにいえば国民を引っ張り他国に敬意を表されるような大きな構想力、政治哲学を実践する人間としての器の大きさなども政治家の魅力として欠かせないだろう。特に先進国首脳会議(サミット)などで海外の首脳と渡りあう姿を身近でみてきた経験からいうと、国と国の付き合い、交渉などは、単に数字に表れる国力だけでなくトップの人間力の相違などが嫌でも目に付くものだ。


 菅首相の発信(力)は、官僚の書いた原稿を下敷きにしたものが多いように国民の多くは感じているのではないか。官僚作文に大きな誤りはないが、自分の言葉と抑揚、場合によっては身振り手振りなどがないと、言葉が生きて来ず、人の胸に響かせることが出来ないのではないだろうか。

TSR情報 2021年6月2日】

 

画像:首相官邸ホームページより

 Facebook

 嶌信彦メールマガジン

 嶌信彦メールマガジン

書籍情報
日本人の覚悟

日本人の覚悟―成熟経済を超える

(実業之日本社)
【著】嶌 信彦


日本の「世界商品」力

日本の『世界商品』力

(集英社新書)
【著】嶌 信彦

     
首脳外交

首脳外交-先進国サミットの裏面史

(文春新書)
【著】嶌 信彦


 
嶌信彦の一筆入魂

嶌信彦の一筆入魂

(財界研究所)
【著】嶌 信彦


ニュースキャスターたちの24時間

ニュースキャスターたちの24時間

(講談社)
【著】嶌 信彦
       

 日本ウズベキスタン協会